◆あと1年、1年だけ……

 眠れない日が何日もあった。シーズン中、2日間寝ずに試合に臨んだこともある。「このまま自分はどうなってしまうんだろう?」と、どうしようもない不安に襲われ、気が付けば朝になっていた日もあった。

 そんなときに心の支えになったのは、「苦しいのはあなただけじゃない」というカウンセラーの言葉だった。世の中のトップに立っている人はみんな苦しい気持ちを抱えて、何とかギリギリで踏ん張っているのだ。きっとそうなのだろうと思った。そう思うと少し気持ちが楽になった。

 僕は何度も考えた。これからチームに難問が降りかかったとき、自分に対処できるエネルギーは残っているだろうか? それを乗り越える精神力はあるだろうか? ここで辞めたら楽になるが、ここまで育ってきた選手ともう少し一緒に戦ってみたい気持ちもある。

 しかしこのままだと自分が統制を失って、4年間積み重ねてきた成果をぶち壊してしまう可能性もある。僕のストレスが爆発してチームが空中分解してしまうことだけは何としても避けなければいけない……。

 最終的にオーナーから慰留していただき、僕は2014年も指揮を執ることを決めた。だが、判を捺したとき、2014年の終わりにはたとえ優勝しても最下位でも、必ず身を引くという決意は固まっていた。

 先述した通り、育成を身上とするカープにとって、監督が代わることは別の方向から光が当たり、新たな選手が伸びていくチャンスでもある。それはカープで育ったからわかるし、それを信じているから退任に踏み切れるという部分もある。

 だから僕は常に緒方を隣に置くようにした。「いつかおまえがやることになるから」と伝えたし、どんな問題でも彼と話し合った。チームの将来を守ってくれる男はいる。だからあと1年、1年だけ……そして僕は真のファイナルシーズンへ踏み込んでいったのである。

●野村謙二郎 のむらけんじろう
1966年9月19日生、大分県出身。88年ドラフト1位でカープに入団。プロ2年目にショートの定位置を奪い盗塁王を獲得。翌91年は初の3割をマークし、2年連続盗塁王に輝くなどリーグ優勝に大きく貢献した。95年には打率.315、32本塁打、30盗塁でトリプルスリーを達成。2000安打を達成した05年限りで引退。10年にカープの一軍監督に就任し、積極的に若手を起用13年にはチームを初のクライマックス・シリーズに導いた。14年限りで監督を退任。現在はプロ野球解説者として活躍中。