開幕が目前に迫る中、昨年末にプロ入りを果たしたルーキーたちがデビューする日も近づいてきた。
ここでは、2022年ドラフト指名選手たちのルーキーインタビューをお届けする。今回は、初の日南キャンプで一軍帯同の切符をつかんだドラフト6位・長谷部銀次。1年目からの活躍が期待される左腕の挑戦に迫った。
◆プロの舞台で活躍を続ける先輩選手の姿が刺激に
─大野寮に入寮されて約1カ月ですが、プロの生活には慣れてきましたか?(取材は1月28日に実施)
「そうですね。僕は新人選手の中では年齢としても上の方になりますし、自主トレ期間も自分のペースでやらせてもらえたので、だいぶ慣れてきたかなという感覚です」
─大野寮の設備はいかがでしょうか?
「やっぱり、ご飯がすごく美味しいです。トヨタ時代は寮から練習場まで少し距離があったのですが、今はすぐ隣に練習できる環境があるので自分が納得のいく練習ができますし、いろいろやれそうだなと感じながら過ごしています」
─実際にカープの先輩方に会ってみて、いかがでしたか?
「やはりプロの世界で何年も結果を残されてきた方たちなので、素直にリスペクトの思いもありますし、すごく刺激をもらっています」
─中でも、特に印象に残った選手がいれば教えてください。
「野手では秋山翔吾さんです。1月15日に秋山さんが合同自主トレに合流した際に、直接ごあいさつをさせていただきました。ランニングでも先頭に立って走っている姿を見て、ああした姿勢がすごく大事なんだと感じました。投手では、やはり栗林良吏さんです。僕がプレーした社会人・トヨタの先輩ですし、ごあいさつもさせていただきました」
─カープは今シーズンから、新井貴浩監督が就任されました。新井監督の現役時代はご存知でしたか?
「もちろんです。阪神から広島に復帰されて、黒田(博樹)さんといっしょに優勝されたところも見ていました。実際にお会いした第一印象は、『体が大きいな!』です。こんなに大きな方だったんだ、というのが第一印象で、その次は、体もですが、人としてもすごく大きな方だなと感じました。お話しされる一言一言に温かさがあるというか……この人の下で野球ができることが、すごくうれしいなと思いました」
─長谷部投手が野球を始めたきっかけを教えていただけますか。
「小学校の頃、兄の影響を受けてソフトボールをプレーするようになったのがきっかけです。小学校ではソフトボール部に入って、中学では軟式野球部に入部しました。そこから、高校、大学で硬式野球に転向したという感じですね」
─では、プロを意識しはじめたのはいつ頃からでしょうか。
「『プロになりたい』という漠然とした思いはずっとあったのですが、具体的な目標になったのは大学4年の頃です。当時から同期の木澤(尚文・ヤクルト)はすごく注目されていたのですが、僕自身も3年の秋に、球速を最速148キロから149キロに更新することができました。そこで、自分もしっかり上積みすればチャンスがあるのではないかと思い、具体的にプロを意識するようになりました」
─ドラフト会議では6位で指名を受けました。その時の心境はいかがでしたか。
「僕自身、ドラフトは6位まで残っていたので、正直『今年はダメかな』という思いもありました。そんな中で指名していただいたので、まずはほっとしたという思いが一番でした。トヨタから指名されるのは栗林さんから3年連続ということですし、カープには中京大中京、慶応大の先輩もたくさんいるので、そういった球団に指名してもらえたというのは素直にうれしかったです」
─巻頭インタビューには栗林投手に登場していただきました。栗林投手は、長谷部選手にとってどのような存在ですか?
「栗林さんとはちょうど入れ替わりのタイミングでトヨタに入社しました。栗林さんがトヨタ時代に背負った背番号『14』をつけさせていただくことになり、とても重たいなと感じたことを覚えています。偉大な先輩がつけていた番号なので、『僕自身は僕自身だ』と思いつつも、やはり意識しながら2年間プレーしていました」
─入社された時から、社内でも栗林投手の名前はよく聞かれていたのでしょうか。
「もちろんです。プロ入り1年目から五輪の優勝投手にもなっているので、どうしても意識する存在でした」
─昨年入団された中村健人選手も、トヨタのご出身ですね。
「中村さんは、高校、大学、社会人すべての世代で一つ上の先輩にあたります。僕が一方的にストーカーをしているんですけど……(笑)。優しくて明るい方なので、また同じユニホームを着ることができるのはすごくうれしいです」
─指名された時、そうした先輩方とは連絡を取り合われましたか?
「はい。おめでとうと言っていただきました。ただ、栗林さんの時もそうだったのですが、ドラフト会議は日本選手権の前だったので、お二人からは『まずは日本選手権でトヨタに恩返しをして、それからカープでがんばれよ』と声をかけてもらいました」