『10』に代表されるように、サッカー界においても度々話題として取り上げられるのが、各選手の背負う背番号だ。ここではサンフレッチェ広島の選手に特化し、時代を彩った名選手の足跡を背番号と共に振り返る。

ルヴァン杯で優勝を決めた試合では、前日に逝去した盟友・工藤壮人氏のユニホームを掲げた川浪(写真中央)

◆カップ戦初優勝への道を拓いた“いぶし銀”GKが背負う背番号

 今回紹介する背番号『22』は、サッカーでは特定のポジションを指すものではない。2022年のカタール・ワールドカップで注目を集めた日本代表では、キャプテンのDF吉田麻也がつけていたが、サンフレッチェではGKからFWに至るまで、あらゆるポジションの選手が背負ってきた歴史がある。

 固定背番号制が始まった1997年、初めて22番を背負ったのはGK山口哲治。2年間で公式戦出場はなく、1999年には横浜フリューゲルスから完全移籍で加入したGK佐藤浩が受け継いだ。ただGKの番号として定着することはなく、2000年にはプロ1年目のMF森﨑浩司がつけている。

 2001年からはDF河野淳吾が背番号22をつけた。清水商業高(静岡)から加入したものの、2003年途中までの在籍で公式戦出場は2試合のみ。その後は横浜FCなどで活躍し、2008年限りで現役を引退した。

 セカンドキャリアは競輪選手に転向し、現在も現役の競輪選手だ。プロ初のクラブであるサンフレッチェへの思い入れの強さからか、公式ホームページの写真もサンフレッチェのジャージー姿なのが興味深い。

 河野を機にサンフレッチェの22番はDFの背番号となり、2004年に大久保裕樹、2005年と2006年は西河翔吾、2007年は中尾真那がつけた。2008年から22番を背負った横竹翔は、サンフレッチェ広島ジュニア時代から複数のポジションでプレー。ジュニアユース、ユースを経て昇格した後は、主にDFやMF(ボランチ)でプレーした。

 横竹が2012年限りでサンフレッチェを離れた後、1年の空白を経て2014年、皆川佑介がFWとしては初めてサンフレッチェの22番をつけた。同年に中央大から加入して1年目で、出場機会を増やしていた9月には日本代表に選出され、A代表デビューも果たしている。2018年はロアッソ熊本に期限付き移籍し、2019年にサンフレッチェに復帰したものの、同年7月に横浜FCに完全移籍した。

 2020年の空白を挟み、2021年からはサンフレッチェの原点に戻ったように、GK川浪吾郎が22番をつけている。ベガルタ仙台からの完全移籍で加入し、1年目は出場機会がなかったものの、2022年はルヴァンカップのプレーオフステージ2試合にフル出場して勝ち抜きに貢献。のちに初優勝を果たすタイトルへの道のりで存在感を示した。

 192センチの長身を生かしたダイナミックなセービングが大きな武器で、ムードメーカーとしても欠かせない存在となっており、練習や試合では常に大きな声を張り上げ、チームの士気を高めている。ミヒャエル・スキッベ監督が就任2年目を迎える2023年も、さらなる貢献に期待が集まる。

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