大瀬良大地が帰ってきた! 今シーズンは、4月25日まで3試合に登板し、2勝1敗防御率2.12。ここ2試合は好投が続きチームの大黒柱として活躍を見せながら、リフレッシュのため2軍で調整していた大瀬良。復帰登板の相手は中日ドラゴンズ。相手の先発はかつての西武のエース涌井秀章がマウンドに登る。今季3勝目をかけた戦いの前に、大瀬良がカープに入団したドラフト秘話をお届けしよう。

春季キャンプでフォームを見直し、より躍動感が増した大瀬良大地。

 カープは現在、9名のスカウトが逸材を発掘するために全国を奔走している。そのスカウト陣をまとめているのが、苑田聡彦スカウト統括部長だ。苑田スカウトはかつて勝負強い打撃でカープで選手として活躍し、初優勝にも貢献。引退直後の1978年から現在までスカウトとして長年活動を続け、黒田博樹を筆頭に数々の逸材獲得に尽力してきた。

 この連載では、書籍『惚れる力 カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術』(著者・坂上俊次)を再編集し、苑田聡彦氏のスカウトとしての眼力、哲学に迫っていく。

 今回は、2013年ドラフトの大瀬良大地と田村スカウトのエピソードをもとに、苑田スカウトが大切にする“スカウトの心構え”を紹介する。

2013年ドラフト1位で入団した大瀬良大地選手。1年目から10勝をあげ新人王を受賞。2018年には15勝で最多勝を獲得し、球団初のリーグ3連覇に貢献した。

◆ 赤いパンツで引いた当たりクジ

 『運』というものは、確かに存在する。ここで打てば明日から一軍、そんなときにデッドボールを受ける人もいる。ワンチャンスをものにして一気にスター街道を歩む選手もいる。プロ野球という極限のレベルにおける競争にあって、『運』が明暗を分けるケースは決して少なくない。

 ただ、だからといって諦めてはいけない。『運』は呼び込むことができると信じている。やるべきことをやったからこそ、『一番風呂に入ってみる』『日の出を拝んでみる』という行動を試みたりするのである。

 自らが密着しながら、マークした選手が他球団に指名されることもある。それでも、惚れた選手への愛情は変わらない。

「マークした選手が他球団に指名されたとき、その選手の家に電話したこともありますよ。本人は不在でしたが、お母さんに言いました。『スカウトの話をよく聞いて納得したら、早くサインして入団したらいいよ。おめでとう』。今はそんなことはできませんが、昔はありましたね。惚れたらそこまでやらないと。そう思いますよ」

 やるべきことを、やり切った人間は、結果がどうなろうと実に清々しいのだ。だからこそ、他球団のユニホームを着ることになる若者にもエールを送ることができる。

「一生懸命やれば、どこかで運はやってきます。運がない人って、ちょっと気を抜くような性格で、ちょっとのことから逃げるような人です。心の乱れは、服装にも顔にも態度にも出ます。だから、よく見ていないといけません」

 2013年のドラフトでは、カープは大きな『運』を手にした。九州共立大のエース大瀬良大地を3球団競合のなか、抽選で田村恵スカウトが引き当てたのである。球団史上初、そしてドラフト史上初の担当スカウトによる抽選ということで大きな話題にもなった。

 田村の労を惜しまぬ徹底マークぶりはもちろん、ドラフト当日に着用した『赤いパンツ』も話題になった。実はこの『赤いパンツ』の仕掛人は苑田であった。

「ドラフト前は、まだ田村が抽選すると決まっていませんでしたが、何となくそんな気がして彼に電話しました。『赤いパンツ持っているか? お前がクジを引くこともあるかもしれないから、用意しておけ。それと、奥さんと一緒に買いにいけよ。縁起が良いらしいから』。そのようにアドバイスしていたら、田村がクジを引いて、大瀬良を引き当てましたよね。嬉しかったですね」

 ドラフト会場で、田村は声を震わせながらインタビューに答えていた。

「本当に嬉しいです。やはり、自分が一番(大瀬良を)見続けてきたので、絶対当たると信じて臨みました」

 田村は、長崎日大高時代から大瀬良をマークしてきた。そして、九州共立大に進んでもグラウンドに熱心に足を運んでいた。まさに、苑田の魂が宿ったかのようであった。

 もちろん苑田も、田村スカウトの熱心な仕事ぶりを感じていた。

「大瀬良が4年生のとき、田村と一緒に見にいきました。素晴らしい投手でした。先発して、7回くらいで少し球威が落ちたかと思ったら、その後のピンチで、もう一段ギアを上げた投球をしていました。これには驚きました」

 ベテランスカウトは視察対象選手の能力だけではなく、担当スカウトの熱意も感じ取っている。

「選手がスカウトに挨拶をする表情を見れば分かります。前田健太のときもそうでした。担当の宮本(洋二郎)スカウトの顔を見ると、嬉しそうに挨拶していました。あの表情を見れば、担当スカウトの仕事ぶりは一目瞭然です」

 もちろん、大瀬良が田村に見せる表情も同様であったことは言うまでもない。だから、統括部長としてスカウト陣をまとめる苑田は喜びを隠さないのである。

「選手に惚れたら、ずっと通えと言ってきました。それで他球団にいったら仕方ありません。田村は、その通りに(大瀬良に)惚れて、通って、報われました。よくやったと思います。やはり、神様は彼のことを見ていたようですね」

 こんなドラマを見ると、流した汗は決して無駄にならないのだと感じる。『運』はまんざら不確定なものではなさそうだ。

 選手に惚れる。やれることはやる。その上で、縁起も担ぐ。その向こうには、笑顔の瞬間が待っている。

●苑田聡彦 そのだ・としひこ
1945年2月23日生、福岡県出身。三池工高-広島(1964-1977)。三池工高時代には「中西太2世」の異名を持つ九州一の強打者として活躍し、64年にカープに入団。入団当初は外野手としてプレーしていたが、69年に内野手へのコンバートを経験。パンチ力ある打撃と堅実な守備を武器に75年の初優勝にも貢献。77年に現役引退すると、翌78年から東京在中のスカウトとして、球団史に名を残す数々の名選手を発掘してきた。現在もスカウト統括部長として、未来の赤ヘル戦士の発掘のため奔走している。

広島アスリートマガジン5月号は、「まだ見たい!もっと見たい!」勝利を知る経験者たちの魅力をお届け!カープ3連覇を支えた投打の主力たちの現在地に迫ります。