カープを実況し続けて20年。広島アスリートマガジンでも『赤ヘル注目の男たち』を連載中の坂上俊次氏(中国放送アナウンサー)による完全書き下ろしコラムを掲載! 長年カープを取材してきた坂上氏が、カープの育成方法、そして脈々と受け継がれるカープ野球の真髄を解き明かします。連載5回目の今回は、現在三軍統括コーチとしての手腕を発揮する畝コーチの指導哲学に迫りました。

現在は三軍統括コーチとして、ファームの選手たちを指導する畝コーチ。

 まだ『IT』という言葉に馴染みがなかった時代から、大量の情報に向き合ってきた。スコアラー生活21年、その序盤は、定規と色鉛筆を手に対戦相手の傾向をまとめる日々だった。ナイターの日でも、球場入りは午前9時、相手チームの映像に向きあった。試合で起こったすべての対戦を、個別に記入した。選手が見やすいように、インデックスのタグを貼るなど細かな工夫も怠らなかった。

 現在カープ三軍統括コーチを務める畝龍実。現役選手として過ごした4シーズンで一軍登板は7試合。成績は0勝0敗だった。しかし、スコアラーとしては動作解析のスペシャリストとして注目され、2016年からの3連覇には一軍投手コーチとして大きく貢献した。

 選手として華々しい舞台に立てたという自負はない。それだけに、経験則だけに頼るのでなく、映像やデータなど『根拠』を求めることを大事にしている。そして、もうひとつ、胸には思いがある。

「埋もれている選手を一段でも高くレベルアップさせてあげたい。一軍定着ができそうでできない『一軍半』の選手をなんとかしたい。もちろん、チームの勝利に役に立つという前提に立ってですが……」。

 そんな畝に、ベストマッチのミッションが下されることとなった。二軍の選手をある程度実戦から切り離し、フォームやフィジカルを徹底的に見直す場、通称『2.5軍』での指導である。

「なかなか一軍に定着できない選手を、何とかして一軍の戦力にしようというやりがいのある仕事です。実戦から切り離すことで、焦らずに時間をかけてやることができます」。

 試合に追われると、選手は自分の課題ばかりにも向き合っていられない。そのことは、これまでの経験から理解している。課題にとことん向き合う時間が、選手にとって飛躍を遂げる大きなチャンスになりうるのだ。

「何かに取り組もうと決めても、試合があれば、極端なことには挑戦できません。特に一軍では、結果を求められる試合が毎日のようにあります。そういう状況では微調整しかできないところがありました」。

 映像面ではスコアラーが、フィジカル面はトレーナーがサポートにあたる。

「映像は飯田(哲矢)スコアラーに任しています。『最後のところでスピードが出ない』『スライダー回転している』『体が上を向いて、ボールが抜けている』そういうところを見つけてアプローチしてくれます」。

 投球練習を映像に収め、ファクト(事実)をもとに選手と対話を重ねる。そうした部分はスコアラーに委ねる一方で、畝は選手との対話について細心の注意を払う。

「今は、人それぞれが情報にアクセスできる時代ですし、選手自身が知恵、知識をつけています。それだけに、選手側の考えていることに耳を傾けながらやるようにしています」。

 もちろん、考え方だけではパフォーマンスは向上しない。考えを実践に生かすためのフィジカルも重要な要素である。

「下半身の使い方が大事です。下半身でコースを投げ分けられるようになってもらいたいんです。トレーナーがピッチングのための可動範囲を考えながらメニューを考えてくれています。そして、その動きの一つひとつの意味も選手に分かってもらえるようにしています」。

 成果も出始めた。2年目の島内颯太郎が二軍戦で157キロをマークし、7月7日には一軍昇格を果たした。理に適った体の使い方と、ベースとなるフィジカルが生み出した“進化”である。

 未来のエースとして期待がかかる山口翔、破壊的な球威を持つ矢崎拓也、そして直球の球威は一軍クラスの平岡敬人、189センチの恵まれた体格の持ち主である佐々木健。素晴らしい素材を持つ原石たちが、同じ鍛錬の場で、次なるチャンスを伺っている。
 
 そして、7月中旬には2.5軍に中﨑翔太が加わった。3年連続胴上げ投手となった、十分な実績を持つ選手である。

「もういちど体を作って、下半身で投げ分けるようになろうということです。もともと、足を上げながらも上体から投げるところがありました。そこを下半身主導にして勝負しようということです」。

 知識、情報は武器である。しかし、それらを頭にいれるだけでは、プロ野球の世界で埋もれてしまう。畝には信念がある。

「今はあらゆる情報を見ることができます、しかし、細かいとところを見すぎてしまうと、逆に見落としも出てきます。やはり、情報を使ってどうやってパフォーマンスを向上させるのか、その切り口を探すことが大事です。そして、その切り口を見つけるのは人間です」。

 チームの黄金期も低迷期も知る男は、今日も選手の投球に目を凝らす。結果を気に掛ける親心を持つ一方で、取り組んだフォームが崩れていないかという分析眼も忘れていない。56歳のタフな日々は、しばらく終わりそうにない。
 

<著者プロフィール>
坂上俊次(さかうえしゅんじ)。中国放送アナウンサー。 
1975年12月21日生。1999年に株式会社中国放送へ入社し、カープ戦の実況中継を担当。著書に『カープ魂 33の人生訓』、『惚れる力』(サンフィールド)、『優勝請負人』、『優勝請負人2』(本分社)があり、『優勝請負人』は、第5回広島本大賞を受賞。現在『広島アスリートマガジン』、『デイリースポーツ広島版』で連載を持っている。

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