2023年6月16日、カープ黄金期にエースとして活躍し、引退後も愛のある解説で多くのファンに慕われた北別府学氏が、惜しまれながらこの世を去った。没後2年の今、改めて『精密機械』投手の足跡を振り返る。

 北別府氏の現役時代、正捕手を務めていた達川光男氏。ともに多くの修羅場をくぐった『鯉女房』が明かした、現役時代の北別府氏の素顔とは。(全2回/第2回)※広島アスリートマガジン2023年8月号掲載

投手の心得を語る、ありし日の北別府氏

1球への執念とこだわりと、勝負に対する徹底した姿勢

 マウンドでの北別府ですが、投げた瞬間はカッとなっていても、次のサインが出た時には、もう冷静になっていて本当に切り替えの早い投手でした。

 私たちは『ピッチャーを乗せてやれ』とよくコーチたちに言われてきましたが、彼は違いました。自分が良い投球をしようと思ったら、『キャッチャーを乗せて、キャッチャーに気分良くやってもらわないと、自分の良いものを引き出してもらえない』という自論を持っていました。試合終了後に握手するときも、さりげなく、さっと握手をしてきました。『ナイスピッチング』というと、特に喜ぶでもなく淡々と『ありがとうございました』と。北別府のなかでは、今日の試合が終わった時点で、次の登板に気持ちが切り替わっていたのでしょう。

 当時の北別府は勝って当たり前の投手でしたから。だからこそ『次もお願いします』という感じの握手でした。アイシングも、帰りには球団の湿布が全部なくなるぐらい、右腕に貼って帰っていて、次への準備を怠っていませんでした。

 今現役として活躍している大瀬良大地や森下暢仁らが北別府から学ぶべきことがあるとすれば、『1球への執念、こだわり』だと思います。

 北別府は『練習でできないことは、試合でもできない』というくらいの信念を持っていました。よくキャッチボールを大事にしなさいと言いますが、“コントロールが良かった”ということだけではなく、大切なのは、1球、1球を本当に試合のつもりで、試合以上のつもりで、ブルペンで丁寧に投げることなのだなということを、北別府から教えてもらいました。北別府と同じようなコントロールにはなれないかもしれませんが、北別府と同じことができるとするならば、1球、1球試合以上のつもりでブルペンで投げるということ。私はそう思います。

 そして、野球以外に無駄なことは絶対にしなかった投手でした。

 北別府の奥様が言われていましたが、重いものは絶対持たない。それくらい勝負にかけていました。奥様曰く、現役時代は『子どもを抱っこもしたことがない』と言っていました。自分自身が、商売道具だったということです。少し揺れたりすることで、微妙に体のバランスが狂うこともあります。それをすごく嫌っていたという話を聞いたことがあります。