広島東洋カープにまつわるモノ・コト・場所をクローズアップして取り上げる『カープ再発見』企画。開幕を心待ちにするカープファンに、開幕がもっと待ち遠しくなる(!?)アレコレをお届けする。

 今回やすっかりお馴染みとなった、カープの『記念Tシャツ』。ファンに向けてTシャツが販売されるようになったのは、1990年代のことだ。当初は選手の練習用Tシャツのレプリカのみだったが、徐々にバリエーションが増えていく。記念Tシャツの起こりとなったのは、後に監督となるあの選手だった。

いまも数々のTシャツが発売され、ファンを楽しませている

 初優勝した1975年は、カープにそれまでなかった新しいものが続々と登場した年で、帽子やヘルメットが赤くなっただけでなく、ペットマークの赤ヘル坊やも誕生した。そのペットマークを胸にあしらった練習用Tシャツも、この年の夏から登場している。

「真夏の太陽が照りつける中での練習を、少しでも涼しくするため」というのが採用の理由で、選手それぞれの背番号も入っていた。ただこの練習用Tシャツの色は、赤ではなく白。ちなみにTシャツなどユニフォーム以外での練習をスタートさせたのは、この年のカープが12球団でも最初の事であった。

 しばらくしてカープは球団ロゴマーク入りTシャツを発売したが、当時はジュニアサイズのみだった。大人がユニフォームに近いデザインのTシャツを着て応援をするという動きが生まれたのは、サッカーJリーグが誕生し、スポーツ観戦ファッションが普及した1990年代である。

 カープもこの頃から、選手が着用しているユニホームや練習用Tシャツのレプリカを発売するようになった。当時の練習用Tシャツには英字ネームと背番号が入っていたが、もともと大量生産された主力選手モデルだけでなく、それ以外の選手のモデルを注文するファンも多かったという。既存品以外は特注のため、割高で時間も余分にかかる。しかしカープ商品販売部によると、2004年シーズン中に支配下登録選手のほとんどの選手のモデルを受注したという。

 さらに2004年シーズンには、「市民球場(当時)を真っ赤に染めよう」というコンセプトで、真っ赤な熱血応援Tシャツが発売された。『熱風上昇』、『市民球場』、『やっちゃるけぇ』、『好きじゃけぇ』の4モデルがあり、背中にはカープへの熱い想いを込めた詩が手書き文字で記されている。ファン向けのモデルながら選手達にも好評で、このTシャツを着てロッカールームでくつろぐ姿も見られていた。

 2004年シーズンには、球団3人目となる2000本安打達成が目前となった野村謙二郎のカウントダウンに合わせたTシャツが登場。

 残り145本となった4月から、1本ヒットを放つ度に『残り○○本』と記されたTシャツをファンにプレゼントしてきた。「真っ赤に染まった市民球場でプレーしたい」という思いと、入団時から応援してくれたファンへの感謝を込めて生まれた企画だった。

 近年は安打数や登板数、勝利数など記録が達成されるごとにTシャツが登場。達成日の翌日に販売されるという、そのスピード感も話題になった。

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