1975年の初優勝以来、カープ黄金期を築いたレジェンドOBたち。往年の名選手がカープへの熱い思いを語った『広島アスリートマガジン』連載記事を再掲載する。
5年ぶりのリーグ優勝に広島の街が沸いた1991年。川口和久氏は先発、リリーフとフル回転の活躍で日本シリーズ敢闘賞に輝く。西武と激闘を繰り広げた日本シリーズへの思いとは。
(『広島アスリートマガジン』2005年5月号掲載記事を再編集)(全8回/第6回)
◆1991年日本シリーズは西武との再戦に。大一番で迎えた大ピンチ
1991年、チームは5年ぶりにセ・リーグで優勝。日本シリーズでは5年前と同じく西武ライオンズと対戦した。
第1戦の先発マウンドには最多勝と最優秀防御率の二冠に輝いた佐々岡真司が上ったが、デストラーデや秋山幸二にホームランを浴びるなど大量失点でKO。第1戦は大敗したが、翌日の第2戦に先発する私には不思議なほどに余裕があり、当日は西武打線を抑えて勝利投手となった。チームもファンも気勢を上げていたが、私自身は試合後も非常に冷静だった。
そしてその日に、中3日となる第5戦の先発を告げられた。 広島に戻っての第3戦は、北別府さんが好投空しく敗れたが、第4戦は佐々岡が見事にリベンジ。勝った方が日本一に王手をかける第5戦を迎えた。
カープは中3日の私、西武は工藤公康が先発したこの試合は、カープはアレンの先制2ランなどで6回まで3ー0とリード。私も中3日ながら無失点に抑えていたが、7回表に四死球も絡んで2アウト満塁の大ピンチを招いてしまった。
絶体絶命の大ピンチで迎えたのが、カープがこのシリーズで最も打たれている秋山だった。

