その道を突き詰めてきた選手を、人々は敬意を持って『スペシャリスト』と呼ぶ。過去から現在に至るまで、カープでもさまざまなスペシャリストが誕生してきた。
今回は、投手陣から『奪三振のスペシャリスト』、野手陣から『守備のスペシャリスト』『犠打のスペシャリスト』をピックアップ。初優勝を支えた名投手から、NPB記録にその名を残す選手まで。カープファンの記憶に刻まれた名手たちの活躍を振り返る。
【奪三振のプロフェッショナル】
◆外木場義郎
初優勝時のエースで、プロ初勝利をノーヒットノーランで飾り、通算3度のノーヒットノーラン(うち完全試合1回)を達成したミスターパーフェクト。球速があり鋭く曲がる、現代でいうパワーカーブを駆使した力強い投球で勝負し、三振の山を築いていった。最多勝利1回、最優秀防御率1回、最多奪三振1回のタイトルを獲得したほか、1975年には沢村賞・最優秀投手・ベストナインをトリプル受賞。現役引退後はカープ、オリックスなどでコーチを歴任し、2013年に野球殿堂入りを果たした。
◆池谷公二郎
「シーソー投法」「ぎっこんばったん投法」などと呼ばれた豪快フォームから繰り出すストレートを武器に、1970年代から1980年代に活躍した先発右腕。1976、1977年には2年連続で奪三振王のタイトルを手にしている。一方で、狭い旧広島市民球場でのストレート勝負は本塁打を浴びることも多く、1977年には年間で48本もの被本塁打を浴びた。1985年の現役引退後は野球解説者を経てカープ、巨人のコーチを歴任。
◆川口和久
力強いストレートに加え、カープやスライダーを織り混ぜながら、次々と三振に打ちとっていく川口の姿に酔いしれたファンも多いだろう。甘いマスクで女性からの人気も高く、投手としては珍しいスイッチヒッターでもあったことから注目を集めた。1995年にはカープ史上初のFA権行使選手として巨人へと移籍。引退後は解説者、タレントとしても多方面で活躍。2011〜2014年まで巨人でコーチを務めたのち、現在は故郷の鳥取で米づくりを行う一方、高校生への野球指導にも当たっている。

