そんな集団を率いて、勝利の美酒に浸った経験がある。1980年代、安仁屋は投手コーチを務め“投手王国”を築き、カープ黄金時代に大きく貢献したのである。北別府学、川口和久、大野豊、金石昭人、川端順、津田恒美。「みんな、こっちから言わなくても走り込みや投げ込みをやっていました。投球で細かく言うことはありませんでした」
カープには通算197勝を記録した大投手・長谷川良平からの伝統がある。安仁屋も、大いにその薫陶を受けている。
「長谷川さんに教えられたことは多いです。あの167cmの小さな体で打者に向かっていきました。当時のカープであれだけ勝つのは、どれだけ凄いことか。相当な努力があったと思います。それに、主力投手でありながら(練習で)連日200球とか投げていました」
おそらく、安仁屋が肯定するのは、投げ込みそのものではあるまい。そのプロ意識やマウンドへの執着心なのだろうと感じる。現に、前田健太(現ツインズ)に関しては、それを求めたこともなければ、推奨したこともない。
「彼は理に適ったフォームを自分のものにしていたからね。天性のものでもあるだろうけど、それだけの努力をしてきたのだと思う。フォームや準備も確立している。こうなれば、球数にこだわる必要はないですよ」
今シーズンは佐々岡真司監督の初年度である。彼が偉大な天才的投手であったことは、野球ファンなら誰もが認める。一方で、先発完投への矜持や走り込みといった、カープのカルチャーも知り尽くしている。
かつての投手黄金時代の厳しさは現役時代に肌で感じてきた。黒田博樹、高橋建、前田健太らがメジャーに挑んだ新たな時代も解説者時代に見てきた。安仁屋は言う。「佐々岡監督は、今の野球のことも、昔の野球のいいところも知ってくれている。なにより、いつの時代も共通する打者に向っていくことが大事だということを理解しています」
今日も、安仁屋はマイクの前に立つ。そして、持論を展開する『内角攻め」『先発すれば完投」『打者に向っていく」。もちろん、それが全てではないかもしれないが、理もあるはずである。1990年代の歓喜も、2000年代の苦しみも、そして、2016年からのさらなる歓喜も。それぞれの時代に、佐々岡監督が橋を架ける。「世界一のカープファン」が待ち望む景色は、そこにあるはずだ。
<著者プロフィール>
坂上俊次(さかうえしゅんじ)。中国放送アナウンサー。
1975年12月21日生。1999年に株式会社中国放送へ入社し、カープ戦の実況中継を担当。著書に『カープ魂 33の人生訓』、『惚れる力』(サンフィールド)、『優勝請負人』、『優勝請負人2』(本分社)があり、『優勝請負人』は、第5回広島本大賞を受賞。現在『広島アスリートマガジン』、『デイリースポーツ広島版』で連載を持っている。
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