2020年のドラフト会議が10月26日に行われ、カープは即戦力右腕の栗林良吏(りょうじ/トヨタ自動車)を1位指名するなど7選手(うち育成一人)の交渉権を獲得した。その年ごとに戦力補強の方針に違いがあるとはいえ、未来の主力選手を発掘、指名していく過程の中で、これまでカープはどのような戦略を立てドラフトに臨んできたのだろうか?

 ここでは直近10年間に絞り、カープのドラフト指名選手を当時の状況と共に振り返っていく。今回は後に日本を代表する選手に成長した鈴木誠也の獲得に成功した2012年のドラフトを振り返る。

2012年は育成も含め指名7選手のうち6人が野手という、特徴あるドラフトとなった。

 大谷翔平(花巻東高)、藤浪晋太郎(大阪桐蔭高)に注目が集まるなか、カープは将来性豊かな投手・森雄大(東福岡高)を1位指名。しかし、ここは楽天と重複し抽選の結果、交渉権の獲得に失敗した。

髙橋大樹選手

 改めて即戦力右腕の増田達至(NTT西日本)を外れ1位で指名したが、ここでも西武と重複し交渉権を得ることはできず。2回連続で投手の指名に失敗したカープは軌道修正を図り、右の長距離砲として高く評価していた髙橋大樹(龍谷大平安高)の獲得に動き出した。

 二度の抽選失敗を経て高橋の交渉権を得たカープは、例年とは違ってここから4人連続で投手ではなく野手を指名。DeNAと並んでリーグ最下位となったチーム打率(.233)や得点力不足を立て直すべく、本ドラフトはスラッガーを中心とした野手の獲得にシフトチェンジすることになった。

鈴木誠也選手

 2位では尾形佳紀スカウトが強く推薦した鈴木誠也(二松学舎大付高)の獲得に成功。江藤智、前田智徳も背負った背番号51を引き継いだホープは、ルーキーイヤーから非凡な才能を見せ、数年後には“日本の4番”を任されるまでの選手に成長した。

上本崇司選手

 下水流昂(ホンダ・現楽天)と美間優槻(鳴門渦潮高・元ソフトバンク)は後にトレード移籍したものの、髙橋と上本崇司(明治大)は現在も一軍定着を目指し奮闘中。鈴木に続く形で、一軍での活躍に期待したいところである。

 2012年のドラフトを経て、チームは翌2013年に球団史上初となるクライマックス・シリーズ進出を勝ち取った。数年後に訪れる黄金期に向け、カープの戦力は着々と整いつつあった。

【2012年 カープドラフト指名選手】
1位:髙橋大樹(龍谷大平安高・外野手)
2位:鈴木誠也(二松学舎大付高・内野手)
3位:上本崇司(明治大・内野手)
4位:下水流昂(ホンダ・外野手)
5位:美間優槻(鳴門渦潮高・内野手)
育成ドラフト1位:辻空(岐阜城北高・投手)
育成ドラフト2位:森下宗(愛知工業大・外野手)