カープは現在、9名のスカウトが逸材を発掘するために全国を奔走している。そのスカウト陣をまとめているのが、苑田聡彦スカウト統括部長だ。苑田スカウトはかつて勝負強い打撃でカープで選手として活躍し、初優勝にも貢献。引退直後の1978年から現在までスカウトとして長年活動を続け、黒田博樹を筆頭に数々の逸材獲得に尽力してきた。

 この連載では、書籍『惚れる力 カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術』(著者・坂上俊次)を再編集し、苑田聡彦氏のスカウトとしての眼力、哲学に迫っていく。

 今回は、田中広輔や梵英心氏のエピソードをもとに、苑田スカウトが大切にする「基本プレー」へのこだわりを紹介する。

ショートのレギュラーに定着した田中広輔選手。3年目の2016年から3年連続全試合フルイニング出場を達成。歴代6位とある連続フルイニング出場635試合の記録を作った。

◆ 野球も仕事も基本が大事。その積み重ねは、姿勢にあらわれる

 ベンチを出てグラウンドに走っていく選手の姿から、苑田はその能力の高さを読み取ることがある。彼は『かっこよさ』の定義を独自の表現で説明する。

「走り方やユニホームの着こなしを見れば分かります。ひと言で言えば、その姿がかっこいい選手ですね。基本ができていて、バランスが良ければ、かっこよく見えるはずです」

 しかし、その要素を備えた選手は多くない。

「基本がしっかりした選手なんてなかなかいませんよ。でも基本ができなかったら、成功できません。打撃も守備も基本が大事です。守備だったらファインプレーも良いけど、投手からすれば、正面の打球をしっかりアウトにしてくれないと困るでしょ。基本に忠実な選手は(プロでも)絶対伸びると考えています」

 基本を重視する理由はもうひとつある。故障のリスクを回避することである。

「基本ができていると故障しにくいんです。基本的に故障する人は体のバランスが良くないものです。スライディングでもケガをする人は、(基本に反して)ドーンとぶつかってしまいます。高校生でも外野フェンスにぶつかって捕球することがありますが、それよりも、定位置から何歩でフェンスにぶつかるかを頭に入れておくという基本のほうが大事です。闘志あるプレーよりもまず基本です」

 基本があれば、プロの練習や指導で飛躍的に成長する。さらにその成長を妨げるようなケガを回避できる可能性が高い。やはり、大成するには基本が大事なのである。

 長いスカウト生活のなかで、そんな選手に出会える機会は少なかった。それほど、基本のプレーを完璧にやり遂げる選手は貴重なのである。

「これまでで最高だったのは、中日に入団した立浪和義でしたね。PL学園高の時代に見ましたが、守備は即一軍で通用すると断言できました。打球を正面で捕る。理にかなったプレーをする。これはすごいと思いました。自分がプロで14年かけてやっとできたことが彼はすでにできていました」

 近年では、2010年にショートでゴールデン・グラブ賞を獲得した梵英心である。彼が守備練習を始めると、苑田は若手選手に「よく見ておけよ」と声をかける。正確無比な内野守備は生きた教材だと苑田は断言する。

 「打球は常に正面で捕る。スローイングも素晴らしい。打球への入り方、捕り方、投げ方、基本が全て揃っているからバランスが良い。そうすれば、かっこよく見えてきます。だから、(若手選手は)梵のノックを見ておかないといけません。梵の真似をするべきです。梵の守備をビデオに撮って、野球をする人に配布したいくらいです」

 また2013年ドラフト3位で指名、JR東日本からカープに入団し、ルーキーながらシーズン中盤からショートに定着した田中広輔も同じような観点から高く評価した。

 「打球を体の正面で捕る。基本に忠実。ここですよね」

 さらに、田中からはプラスアルファとして感じるものがあった。走攻守のいずれでもない。彼の醸し出す独特の雰囲気だ。苑田が田中を初めて目にしたのは、高校1年生の頃であった。彼は、名前も知らない1年生ショートを見て思わず、「彼は、何という選手ですか?」と周囲に尋ねた。

 「1年生なのに堂々として物怖じしない。先の先が読めると言いますか、状況判断に優れ、面白い選手だと感じました」

 スカウトが見ているのは、本塁打の数、50メートル走のタイムだけではない。むしろ、ボールに接していない場面にこそ目を凝らしている。そこからは、プレー以前の野球人としての『基本』が見えてくるからである。

「やはり、真面目に練習している人間に敵うものはないと思います。しかも、練習を自分で考えながらやる選手です。それに本当に大切なのは目配り、気配りです。ポジションまで走っていく姿やキャッチボールを見れば、自分のことしか考えていない選手は一目で分かります。たとえば他の選手がキャッチボールをしている最中は、その後方であっても横切らない。こういうことが非常に大事です」

 野球はチームスポーツである以上、原理原則とルールで動く。そのための核となる練習への真面目さや目配り、気配りは欠かすことができない。

 スカウトから『ユニホーム姿が良い選手は大成する』という言葉を頻繁に耳にする。基本の積み重ねが『姿』になってあらわれるのであろう。苑田はにこやかに語る。

「電車に乗っていても分かるでしょう。着こなしの良い人、何かしら若いときにスポーツをやっていた人、見れば感じるところが日常生活でもあるはずです」

 『第一印象』『直感』何かしら不確定要素を含んだ響きではあるが、苑田にとっては重要視すべき立派な判断基準だ。『かっこよさ』を形成するのは、基本の積み重ねと、そこに至るまでの努力なのである。

●苑田聡彦 そのだ・としひこ
1945年2月23日生、福岡県出身。三池工高-広島(1964-1977)。三池工高時代には「中西太2世」の異名を持つ九州一の強打者として活躍し、64年にカープに入団。入団当初は外野手としてプレーしていたが、69年に内野手へのコンバートを経験。パンチ力ある打撃と堅実な守備を武器に75年の初優勝にも貢献。77年に現役引退すると、翌78年から東京在中のスカウトとして、球団史に名を残す数々の名選手を発掘してきた。現在もスカウト統括部長として、未来の赤ヘル戦士の発掘のため奔走している。