―4月に監督に就任して、3カ月後には『連合チーム』で夏の大会に参加されました。残念ながら、結果はコールドでの敗戦でした。

「本来でしたら単独のチームとして出場したかったのですが、部員はマネージャー含めて4名。しかも2年生の二人は転入でしたので、高野連の規定で出場ができませんでした。ですので『連合チーム』という形で、1年生の選手一人だけの参加になりました。

 6月の頭に監督会議があり、単独でチームができない学校が割り振られて、同じ栃木市内にある『栃木翔南』と『栃木農業』との3校の連合チームで大会に参加することになったんです。

 平日はそれぞれの学校で練習して、3校が合同で練習できる土日にサインプレーや連携プレーを確認したり。なので、大会までは結成から1カ月ちょっとでしたね」

―エイジェック高等学院から出場した1年生・西村太陽くんは、栃木の強豪『県央宇都宮ボーイズ』で活躍してきた選手でもあります。夏の大会には、1年生ながら4番で出場しました。

「そうですね。1年生なのに物おじしない性格で、緊張なんかしないだろうと思っていましたが、終わった後、『緊張してバットが出ませんでした』って正直に言ってくれる素直な子でもあります。来年は連合チームではなく単独チームで出たいと言うので、『頑張らないと部員が集まらないぞ、お前が広告塔みたいなものなんだから』と言うと、『じゃあ頑張ります』と言ってくれました。

 この大会までは、私が元プロ野球選手ということもあって、マスコミのみなさんが私の事を取り上げてくれることがすごく多かったんです。それを見た子どもたちが、『中野さん、すごかったんですね』と言ってくれて。いやいや、今頃かよ、って(笑)。今は、『ここまでは俺がPRしてきたんだから、次は君たちが試合に出てアピールして、結果を残してくれ』という思いですね。

 よく『甲子園を目指すのですか』と聞かれますが、このチームは全然そういうチームではないと思っています。好きな野球を思いっきりやって楽しむだけ。甲子園は切符を買えばいつでも行けます。最初に野球を始めたときに楽しかった気持ち、それをもう一回味あわせてあげたい。生徒によって3年間なのか、あと1年半なのかはそれぞれですが、とにかく楽しんで野球をやろうと。その先で、卒業した後ももし野球がやりたいのであれば、上を目指すのも一つだろうという話はしています。

 厳しく『目指せ甲子園』という感じは、今のところありません。野球を始めた時の、うまくなりたい、試合になれば勝ちたい、負けたら悔しい、そういう純粋な気持ちを思い出させてあげたい。小学生、中学生とやっていることは同じですが、技術を身に着けて頑張ろうという話をするようにしています。

 『楽しむ心』はともすれば忘れてしまいがちですが、生徒たちには好きな野球をやらせてあげたいですね。私も好きなように指導させてもらっています」

―このような考えに至ったのはなぜでしょう。

「自分は私立の学校で厳しく指導されてきました。もちろん、そうした指導があったからこそプロ野球選手になれたのだとも思いますが、野球を始めた頃の気持ちは、いつの間にかどこかになくしてしまったようにも思います。高校の厳しい練習では、『雨降んないかな』なんて言いながら野球をしていたんですよ。

 だからこそ生徒たちには、友達と楽しんで野球をやっていた頃の気持ちの部分を教えてあげたいんです。もう一度そこからスタートすると、上達するスピードも速くなると思っています。自分もそうやってきたら、もっと違っていたんだろうなとも考えます。

 野球教室でもそういう指導をしてきましたし、子どもたちの目は輝いていましたから。そんな野球部があってもいいんだと思っています。子どもたちも来て良かったって言ってくれますし、野球を本当に楽しみたいなら、ぜひうちに来てほしいですね」

■中野佐資(なかの・さとる)
1963年生、栃木県出身
国学院栃木高ー三菱重工横浜ー阪神(1986~1993年、ドラフト2位)