2015年からカープの指揮官を務め、2016年から球団史上初となるリーグ3連覇を成し遂げた緒方孝市氏。本稿では、緒方氏の著書「赤の継承 カープ三連覇の軌跡」の構成を担当した清水浩司氏に、書籍制作を通して見えた“闘将”の横顔を語ってもらう。

 

◆第2回・大きな衝撃を受けた試合中のある事実

 一見無口で人を寄せ付けない印象があった緒方さんだが、実はそれはカープの監督として情報を外に漏らさないためあえて装ったキャラクターだった――その驚きからこの本の制作はスタートした。だとしたらその仮面の下の素顔はどういうものか? 他にどんな策略を仕掛けていたのか? 制作陣の好奇心はくすぐられ、取材は一気に熱を帯びた。

 しかし今度はまた別の驚きがわれわれを襲った。

 緒方さんが怒涛のように話されるのだ。一度口火を切ったら話が止まらず、熱く、情熱的に思いの丈を語られるのだ。

 それは確かにテレビ越しに見た、寡黙な緒方さんの姿とはまったく違った。佐賀出身の九州男児らしく、一度話しはじめたらどこまでもまっすぐ、ひたむきに話題と向き合い続ける。

 これはうれしい誤算である反面、書籍制作者としてはドキドキすることでもあった。というのも私たちは基本、限られた時間内に取材を収めなければならない。特に緒方さんのようなお忙しい方であれば本の制作のためにどれだけ時間を割いてくださるかわからず、与えられた時間内に質問すべきポイントや確認事項をすべて済ませておかなければならないという焦りが常に存在する。

 しかし緒方さんが本当に熱心に語ってくださるため、質問がまったく追い付かない。たとえば最初の取材時、私は緒方さんの生い立ちから23年間の選手時代の終わりまで聞くことを目標にしていたが、2時間弱テープを回してもまだ、話はドラフト3位でカープに指名され、入団するかどうか家族会議を開いているところまでしか進んでない状態だった。

 そのことを話すと、緒方さんは「ではいくらでも対応します」と言ってくださった。自分にとっては最初の本になるし、中途半端なものは作りたくないと言ってくださった。そこから私たちは徹底的にこの本を作り込むという方向で一致した。実際この本は通常の書籍の2~3倍近い時間と労力をかけて作られている。それはとりもなおさず「ここにすべてを書き残したい」「ちゃんと満足のできる本を作りたい」という緒方さんの情熱に私たち制作陣が引っ張られたからに他ならない。

 ということで、われわれと緒方さんは徹底的に顔を突き合わせた。気になる質問はすべてぶつけたし、重要な試合についてはスコアを見ながら克明にその裏側を思い出してもらった。

 その中で圧倒されたことのひとつが、監督という仕事の中身の壮絶さである。たとえば以下の記述などどうだろう。短くサラッと書いているが、私は強い衝撃を覚えた箇所である。

 野球ファンの方はどこまで知っておられるかわからないが、私が監督を務めていた時のカープの野球はすべてサインで動いている。盗塁や送りバントはもちろん、投手に対して「ここ一球ウエストするよ」「牽制2回入れて」「ボール長持ちして」といったものもすべてベンチからの指示である。それは黒田が投げている時でも同じで、私の監督時代は常にベンチからのサインで選手を動かした。

――『赤の継承 カープ三連覇の軌跡』136ページ

 私たちが普通に見ていた緒方カープの野球だが、牽制球を投げるのも、投手が間合いをとるのも、全部ベンチからの指示で動いていたとみなさんは知っていただろうか? 一刻一刻の状況判断、一球一球に対する戦略はすべてベンチで下され、たとえ黒田博樹投手といえど、選手はそれを忠実に実行していただけだと知っていただろうか?

 こうなってくると野球の見方はガラリと変わる。頭脳はベンチにあり、選手はそれを体現・実行する存在にすぎない――少なくとも緒方監督時代のカープはそうだったという。

 正直、プロ野球の監督という存在が実際何をやっているかというのは、ファンは案外知らないものだ。それはチームによっても違うだろうし、同じチームでも監督によって異なるだろう。なるべく自分でコントロールしたい人、選手に任せたい人……いろんなタイプがいるだろうが、われわれファンは何も知らずに目の前のゲームに熱狂し、勝てばやんやと褒めそやし、負ければ「何しとるんや!」と罵声を浴びせかけるだけである。

 その中で緒方さんは、とにかくすべてを自分で引き受けようとした。自分で指示を出すことで、勝負の全責任を負おうとした。しかし当然ながら、すべてに対して指示を出すということはその裏にとんでもない準備が必要ということになる。

 緒方さんは監督時代、一体どんなスケジュールで日々仕事をしていたのだろう?

 そう思って、改めて緒方さんの監督時代の具体的な仕事内容を聞いてみたら、あまりのハードさに唸らされた。

 午前中に球場に行って、まずはその日の対戦相手の映像を観る。先発投手は過去3試合分、打者全員に加え代打に至るまで全部観る。そこからスコアラーを呼んで各選手の詳しい状況を聞き、その日の作戦を練る。同時にトレーナーから今度は自チームの選手のコンディションを聞き、午後からのスタッフミーティングでその日のオーダーを確定する。試合前の練習で各選手の状態を自ら見極め、試合スタート。試合が終わってもすぐに帰れるわけではない。その日の映像を改めて観直し、スコアラーやコーチと反省点を話し合う。チームの問題点を共有し、改善点を協議する。そういうことをしているので自宅に戻れるのは早ければ23時、通常は24時になるという。

 試合のある日は毎日この作業の繰り返しだった。映像分析→戦略立案→現状確認→準備→試合→反省――この繰り返し。仕事なので苦ではなかったが、疲れているときは映像を見ながら気を失っていることもあった。とにかく試合以外の多くの時間、映像とニラメッコしているので、タバコとコーヒーが欠かせなかった。監督時代、私は1日タバコを60本吸い、コーヒーを20杯近く飲むというとても健康的とはいえない生活を送っていた。

――『赤の継承 カープ三連覇の軌跡』158ページ

 1日タバコ60本、コーヒー20杯――その数字に私は絶句した。それが大げさでない証拠に、実際取材中、緒方さんは頻繁にコーヒーをあおり、合間合間に喫煙タイムを必要とした。集中のためにはタバコとコーヒーが不可欠であり、監督業という受圧の中でそれだけの分量を必要としたのだ。

 私たちは何も知らない――と私は思った。プロ野球の監督という仕事がどういうものか、緒方さんがどんな状態でチームの指揮を執っていたのか、何ひとつ知らなかったと私は思った。

プロフィール
しみず・こうじ●作家・編集者・ライター。2019年、小説『愛と勇気を、分けてくれないか』(小学館)で広島本大賞受賞。野村謙二郎氏の著書『変わるしかなかった。』(KKベストセラーズ)に続き、前カープ監督・緒方孝市氏初の著書『赤の継承 カープ三連覇の軌跡』(光文社)の編集・構成も手掛ける。現在広島を中心に、執筆活動以外にもテレビコメンテーター、ラジオパーソナリティなど多岐に渡る活動を展開する。

書籍紹介
緒方孝市『赤の継承 カープ三連覇の軌跡』(光文社)

広島カープを25年ぶりの優勝、リーグ3連覇に導いた闘将が、これまで語られなかった胸の内を著した一冊。カープはなぜ優勝することができたのか? 監督に必要な資質とは何か? そして日本一になるために足りないものは何なのか?――カープ第二期黄金時代と呼ばれる緒方監督期の5年間を詳細に追いながら、「監督論」「育成論」「組織論」など自らのメソッドも語り尽くす。カープファンにもビジネスマンにも役立つこと必至の話題作!

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