カープを実況し続けて20年。広島アスリートマガジンでも『赤ヘル注目の男たち』を連載中の坂上俊次氏(中国放送アナウンサー)による完全書き下ろしコラムを掲載! 長年カープを取材してきた坂上氏が、カープの育成方法、そして脈々と受け継がれるカープ野球の真髄を解き明かします。連載9回目は、長年二軍コーチとして若手選手を指導し、2020年から一軍打撃コーチを務める朝山東洋コーチが掲げるチーム打撃について迫ります。

昨季の悔しさを糧に打線の“意識改革”に取り組もうとする朝山打撃コーチ。

◆接戦を勝利に結びつけるためにチームの意識を変えていく

 スタンドに陣取り、打球を目で追いながらノートに「正」の文字を記入していく。ある種のキャンプ取材におけるルーティーンである。

「さく越え〇本」。この物差しの意味合いはさておき、打者の仕上りを強調するために用いられることが多い表現である。

 しかし、今年のカープは、こうした表現と違う領域で意識を徹底させようとしている。

「打者に小さくなれと言うつもりはありません。でも、細かいこともできないといけないと考えています。球数を多く投げさせる。簡単にアウトにならない。とにかく、相手に気持ち良く投げさせないことが大事です」

 朝山東洋一軍打撃コーチが力説するのには、理由がある。昨季5位に沈んだチームにおいて、リーグ最多の引き分け12という数字。そこに、サヨナラ負けや1点差の逆転負けもあった。そう、接戦を勝利に結び付けたいのである。

「このチームには、しっかり振れる選手が少なくありません。気持ちよくスイングさせれば、結構いいバッティングをする選手は多いです。ただ、気持ちよく振れるボールは、1打席に1~2球しか来ないと思います。なら、どうするか。まずは逆方向へ打つ意識を持つことです。そうすれば、球を長く見ることでボール球を見極められるかもしれない。ファールが打て、相手投手の球数が増えるかもしれない。そういうことを、全体としてやっていきたいです」

 春季キャンプが始まる。首脳陣は、バントや右打ちなども重要視していく考えだ。若手もベテランも、アベレージヒッターもホームランバッターも。みんなで意識を統一していく。

「1打席に1~2球多く粘るようになれば、相手投手の球数が増え、先発投手なら1イニング短くなるかもしれません。相手チームの継投も変わってくるでしょう。目に見えないようなことかもしれませんが、チーム全体でやっていきたいです」

 実際、チームでは秋季練習から、このテーマに取り組んできた。フェニックスリーグやシーズン後の休養もありメンバーは限られていたが、既に、変化は芽生え始めていた。

「ミーティングで逆方向に打とうと声をかけるのは簡単ですが、バットを内側から出して逆方向へ打つ、練習でできていないと実戦でやれるものではありません。(秋季練習の)10日間でも断然良くなりました。これができると、三振も減るでしょう。当たり前かもしれませんが、三振からは何も生まれません。同じアウトでも、前に打球を飛ばせば、内野安打も含めて何かが起こる可能性だってあります。しつこい野球をやっていきたいです」

 意識改革。何やら、すぐに効果が現れそうな、即効性の高そうな響きである。しかし、実際は違う。対話を重ね納得させながら、それを実現する技術を反復練習で身につけさせなければならない。

「戦術の部分もあります。監督やヘッドコーチらが決めることではありますが、ここ1番で1点が奪えるような攻撃陣にしていけば、作戦も選択肢は広がっていくと思います。長いシーズン、点の奪い合いのような試合もありますが、ロースコアのゲームで勝ち切れるようになっていけばと思います」

 カープには、日本球界の主砲・鈴木誠也がいる、天才的なバットコントロールを誇る西川龍馬や松山竜平がいる。もちろん、菊池涼介や田中広輔も健在だ。捕手陣に至っても、會澤翼や坂倉将吾の攻撃力に異論はあるまい。長打力の新外国人・ケビン・クロンは長打力にのみならず、真面目な人柄で「エルドレッドの再来」も期待させてくれる。

 このメンバーが、意識をひとつに、粘っこい攻撃を展開する。そうすれば、自ずと、接戦の勝敗数は逆転するだろう。そんな計算をしてみれば、明るいシーズンが見えてくる。春季キャンプ、「正」の字でカウントする手を止めて、逆方向への真っ黒になったボールを目で追うのも、悪くない。

<著者プロフィール>
坂上俊次(さかうえしゅんじ)。中国放送アナウンサー。 
1975年12月21日生。1999年に株式会社中国放送へ入社し、カープ戦の実況中継を担当。著書に『カープ魂 33の人生訓』、『惚れる力』(サンフィールド)、『優勝請負人』、『優勝請負人2』(本分社)があり、『優勝請負人』は、第5回広島本大賞を受賞。現在『広島アスリートマガジン』、『デイリースポーツ広島版』で連載を持っている。

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