チームがリーグ連覇を成し遂げる一方で、低迷期を支えた梵氏がカープ退団を決意した。

 左膝への自打球の影響で、梵氏は2011年シーズンの大半をリハビリに費やすことになった。翌年、137試合の出場を果たしたものの、守りの面で22失策。左膝をかばうあまり右膝にも負担がかかっていた。シーズンオフには右膝半月板損傷のため、プロ入り後初となる手術に踏み切った。

 術後は走攻守すべてのプレースタイルを見つめ直した。打撃面では基本的な理論を度外視した左足を軸足とするフォームに変更し、走塁では「無理に走らないように」という考え方を取り入れた。守備面でも無理に突っ込まなくても捕球できる方法を模索した。足を売りにした、かつての梵氏の姿はそこにはなかった。

 2013年はキャンプで大ケガを負った東出輝裕(現カープ二軍打撃コーチ)や、前年の手術の影響で不振に陥った栗原健太(現・中日一軍打撃コーチ)が開幕スタメンから外れた。梵氏自身はなんとかスタメンに名を連ねることができたが、堂林翔太や菊池涼介、丸佳浩の台頭など確実に時代は動いていた。

 チームは鬼門の終盤戦で快進撃を見せ、球団初のクライマックス・シリーズ進出を果たした。ファイナルステージで巨人に敗れたものの、梵氏の中でも久々に充実感を味わうシーズンだった。