連敗阻止をかけて、九里亜蓮が今季7度目のマウンドに上がる。前回の登板(4月30日)は阪神相手に6四球とリズムを崩したが、開幕からの5試合は全てクオリティースタート(6回以上、自責3以内)を記録。現在、3連敗中とはいえ、決して状態は悪くない。ここではプロ入り以降、コンスタントに登板を重ねる九里の、ドラフト指名直後の声をお届けする。
(『広島アスリートマガジン』2013年12月号掲載)

亜細亜大の制服にカープ帽を被り笑顔を見せる九里亜蓮投手(2013年撮影)。

◆小学生のときのポジションはショート

― まずは野球を始めたきっかけを教えていただけますか?

「父親の存在だと思います。父親が野球をやっていたので、その影響ですね。プレーしている昔の写真やビデオを小さい頃から見ていたので、それがきっかけでしたね」

― 野球を始めたときからピッチャーだったのでしょうか?

「いや、中学に入ってからです。小学校までは父親にピッチャーをやらせてもらえなかったんです。だから内野手をやっていました」

― 投手をやらせてもらえなかった理由は何だったのでしょうか?

「自分は小学校のときまでアメリカにいたんですけど、アメリカは全部硬球なんです。だから、小さいときから硬式でやっていると故障につながるということでやらせてもらえなかったんです。それで、ずっとショートをやっていました。でも、やっぱり投手をやりたかったですし、たまに抑えで1イニングやらせてもらえたときは、本当に楽しくて、うれしかったですね」

― プロ入りを意識したのは、いつからですか?

「それが、記憶はないんですけど、すごく小さなときから『(プロに)行くわー!』って言っていたみたいです(笑)。父親がマイナー選手だったので叶えられなかった夢を、自分が叶えたいなという思いはずっとありました。ただ、将来アメリカに行きたいとかそういうのは考えていないんですけど(本誌2013年11月号の前田智徳氏を指さしながら)こういう選手になりたいです。ひとつの球団に一筋で、『カープ=九里亜蓮』っていう風になれたらカッコイイじゃないですか。そういう選手になりたいです」

―ドラフト当日を迎えるまで、どのような気持ちで過ごしていたのでしょうか?

「自分はドラフトにかかるか、かからないか分からなかったので、親とも話をして指名されたときは指名されたとき、ダメだったときはダメだったときと割り切っていかないといけないと思っていました。最初から割り切っていたので、緊張とかがなかったんです。前日も爆睡してました(笑)」

― 実際にご自身の名前が呼ばれたときはどうでしたか?

「隣に嶺井(博希・DeNAドラフト3位)が座っていたので、先に自分の名前が呼ばれたときは、うれしかった部分もあったのですが、嶺井の名前が呼ばれていなかったので、まだ選ばれていないヤツの隣で喜ぶ気持ちにもなれませんでした。本当に喜べたのは、嶺井の名前が呼ばれた瞬間ですね」