◆球審とのコミュニケーションに対する考え方にその個性を見た

 こうした相手に対するリスペクトがもっとも顕著だったのが、石原さんの審判と接するうえでの考え方だった。

 捕手と球審との距離感のとり方は人によって異なる。ともすれば、1球1球の結果に直結する極めてデリケートで重要な関係ともいえる。

 そのため、過去に取材してきた元プロの捕手たちからは、さりげない会話術やキャッチング技術など、いわば「球審を味方につけるためのテクニック」について講じてきた策を多々聞いてきた。

 石原さんにも、テレビ中継やスタンドからでは伺い知ることのできない球審とのコミュニケーションがあれば、それを表現したい。“コミュニケーション術”を軸とする書籍の内容にも沿ったものになる。否応なく、期待するところがあった。

 ところが、石原さんの姿勢は違った。その答えが書籍内でも記された以下の内容だった。

【僕は必要最低限のこと、審判の性格やストライクゾーンを把握するための会話しかしないようにしていた。絶対的に中立である審判とコミュニケーションをとるというのは、そのくらい神経をつかわなくてはいけないと僕は思っている。
 そもそも、選手と審判が過剰に言葉を交わすこと自体、あまり良いことではない。
《中略》
 もちろん、普段からあいさつは欠かせないし、プレー中ではないときに多少は話をすることはあった。でも、僕は審判を絶対的にリスペクトしていたし、変なことを話して心証を悪くするのも嫌だったので、必要最低限にとどめていた。】

 これこそが、石原さんが人と接する際のスタンスをもっとも示しているように思えた。

 決して出過ぎることなく、それでいて、反発するでも無視するでもなく、さり気なく寄り添うことで心地良さを生み出し、存在感を植え付ける。石原さんの捕手としての“個性”の一端を見た気がした。

 現役最後の試合終了後、当日ジャッジをした審判が揃って石原さんのもとへ挨拶に赴き、引退に対する労いの言葉をかけてくれたというが、それは、石原さんの日頃の姿勢が深く結びついたうえでの必然的なエピソードだったに違いない。