組織論・戦略論 などの視点から、近年のカープの強さ・魅力の秘密を紐解いていく、広島アスリートマガジンwebでしか体感できない講義・『カープ戦略解析室』。案内人は、高校野球の指導者を20年務め、現在は城西大経営学部准教授として教鞭をとるなど多彩な肩書きを持つ高柿健。3回目の今回は、黒田博樹と新井貴浩がカープにもたらした力について探っていく。

 

スティーブ・ジョブズと黒田博樹の共通点

前回は、カープ初代監督・石本秀一から受け継いだカープの育成システムや逆境力について、話をさせていただいた。第3回目の今回は、低迷期のカープを支え、互いに違う道に進んだ後、共にカープに復帰し、優勝をもたらした黒田博樹、新井貴浩の流儀に迫りたい。

かつて、1965年から1973年まで巨人監督としてチームを9連覇に導いた川上哲治。彼は現役引退後、監督となってから『禅』によって野球の新たな境地を開き、『球禅一致』を哲学として掲げていた。そして『内なる声を聴け』とは、アップル創業者のスティーブ・ジョブズが残した言葉だ。この言葉からも分かる通り、ジョブズもまた日本の『ZEN(禅)』に傾倒していた。

野球であろうとビジネスであろうと、『内面に問いかけ、考え抜くこと』で、余計なものがそぎ落とされ、その本質へとつながっていくという共通点があるのだろう。

先に挙げた2人は『禅』を通し、『いかに生きるべきか』という死生観も問い続けていたと感じる。

そんな禅を感じさせる男がカープにも存在している。それが、黒田博樹だ。

『いつ最後の1球、最後の登板になってもいいという気持ちで、今までやってきました。日本でカープのユニフォームを着て投げる方が、最後の1球になっても後悔は少ないと思って判断しました』

黒田博樹は、2015年のカープ復帰会見で復帰理由をこのように語っていた。最後の瞬間を考えることで、黒田はカープ復帰という決断を下したのだろう。

さらに、その契約内容に目を向ければ、黒田は20億円超の契約を蹴って、4億円のオファーに応えたと報道された。経済的側面から見れば、合理性を欠く決断だ。しかし、黒田には育ててくれたカープという球団、そして支えてくれたカープファンへ恩返しようという忠孝の想いがあったに違いない。これは、単なる金銭の多寡による判断を超えた、黒田の理屈(信念)なのだ。

黒田に映る禅の死生観と忠孝の精神。誤解を恐れず大きな視点で語れば、これは新渡戸稲造が著書により広めたとされる『武士道』とも言い換えることができるのではなかろうか。高額オファーを蹴ってまで、育ててくれた球団に戻り、カープファンの前で現役最後を迎える。そんな黒田の生き様は、まさに『武士道』を歩いているように感じる。カープファン、日本人が黒田博樹に惹かれるのは、このような要素が大きいのかもしれない。

武士道について記された書物『葉隠』に次のような一節がある。

『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』

これは決して生を賤しみ、死を親しむということではない。死を意識することで、価値ある生き方ができる、と解釈すべきなのだ。

スティーブ・ジョブズは、2005年のスタンフォード大学卒業式で、自らの行動指針を次のように語った。

『毎朝、鏡の自分に問いかけた。もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしたことをするだろうか』未来からの使者のように時代を加速させたジョブズは、常に最期(=死)を意識し、腹をくくっていたのだ。Mac、iPhone、iPadなど、最先端のテクノロジーと斬新なデザイン、そして高い機能性を持った革新のプロダクトの数々は、自己を深く見つめることで研ぎ澄まされた彼独自の死生観があったからこそ生み出されたと言えるのではないだろうか。

黒田の『最後の一球』、ジョブズの『最後の一日』、この緊迫した決断は自らを変えるだけではなく、チームを変え、そしてファンの想いを実現させたのだ。