ベテランの姿勢がチームに欠けていた『効力感』を育んだ

黒田とは対照的に阪神を自由契約となり、カープに復帰した新井貴浩。彼は現役時代、燃えさかる炎に対峙して内面と向き合う『護摩行』に挑んでいた。死にもの狂いの彼のプレースタイルは武士道における嘘やごまかしを否定し、自らの言葉に責任を持つ『誠』の体現そのものと感じる。再びカープで再出発する覚悟を持って、窮地から泥臭く這い上がろうとするその姿は、かつての戦後の焼け野原から復活を遂げようとする広島と、カープと重なって見えた。

カープが25年ぶりのリーグ優勝を果たした2016年、首位を独走していたカープの一番の懸念材料は、優勝経験者がいないことだった。これは、達成できるという自信、つまり『自己効力感』が弱いとも言える。当然、優勝経験のない選手の集合であるチームの『集団効力感』も弱くなるだろう。この弱みを埋めたのが黒田博樹・新井貴浩の二人だったのではなかろうか。

黒田・新井によって導かれた試合の成功体験、彼らを観察(モデリング)した代理体験、2人からのアドバイスによる言語的説得、チームの雰囲気づくりによってもたらされた生理的情緒的高揚。ベテラン二人の武士道を感じさせるプレースタイルと生き様が、若手選手の効力感の獲得に大きく貢献したことは間違いないだろう。

スタンフォード⼤学で⼼理学教授を務めたアルバート・バンデューラは⾃⼰効⼒感を⾼めるためには①⾏動達成(制御)体験、②代理経験、③⾔語(社会)的説得、④⽣理的情緒的⾼揚が必要だと語った。

新渡戸の著した『武士道』※1 の徳を野球に当てはめるならば、『義』は野球人としての筋道であり、決断の根拠となる。窮地で動じず、支え合うのが『勇』、後輩選手への思いやりが『仁』である。『礼』や『誠』はファンに対する姿勢だろう。

黒田の『仁』により、野村祐輔は2016年に16勝(最多勝)と大きく飛躍し、大瀬良大地は2017年に10勝、2018年に15勝(最多勝)と勝ち星をのばした。

(※1)『武⼠道』(1900 年)を著した新渡⼾稲造は、武⼠の道徳律として『義』『勇』『仁』『礼』『誠』をあげ、武⼠は『名誉』『忠義』『克⼰』を重んじる、とした。