これまで『広島アスリートマガジン』が撮影してきた、カープにまつわるカットを蔵出し公開する本コーナー。今月は『2010年1月号』から撮影当時の様子と合わせて、毎週1枚ずつ紹介していきます。

 

 2008年オフに横浜を退団し、2009年シーズンからカープに入団した石井琢朗(現巨人コーチ)。当時のインタビューでは野村謙二郎監督1年目の2009年に4位に終わったチームの戦いを振り返っていました。

「僕自身当事者になっている試合もあるんですが、一方的にやられたのではなくて、ちょっとしたミスで流れを相手にやってしまい落としてしまった試合が多かったです。経験不足以前の問題というか、初歩的なミスが目立ったように感じています」

 数々の経験、知見を持つベテランとしての立場から、当時のカープの立ち位置を冷静に振り返っていました。

 また野村謙二郎新監督を迎えるにあたり、改めてベテランとしてチームの“指導役”としての立ち振る舞うことを宣言。

「僕らがこの世界に入ってきた頃は、監督やコーチからは当然のように怒られながらやっていて、常に緊張していました。ここ数年は僕もそういうことがおろそかになっていましたし、だからこそ意識づけというのは僕にとって“再確認”になるんです。気づいたことはどんどん言うつもりですし、言うことによって自分にプレッシャーをかけられると思います」

 チームとして未成熟だった当時のカープで、投手野手の垣根を超え、積極的に周囲に声がけをしていく決意を語っていました。

 その後2012年の現役引退まで自身の経験を若手選手たちに注入。さらにコーチ転身後は選手に寄り添った指導で能力を伸ばし、2016年、チームが25年ぶりのリーグ優勝を果たしたシーズンには、打撃コーチとして歴代屈指の強力打線をつくりあげることに成功し、コーチとして優勝に大きく貢献。その後は、ヤクルト、今季から巨人とコーチとして実績を積み上げています。

【プロフィール】
1970年8月25日生、栃木県出身。
右投左打。足利工高-太洋・横浜-広島(2009〜2012年)
横浜時代は主に1番打者として、強力マシンガン打線の切込隊長として活躍。盗塁王、最多安打、ゴールデン・グラブ賞などのタイトルを獲得してきた。2009年からカープに移籍すると、数字以上の影響力を持ったベテランとして周囲に好影響を与え続けた。2012年限りで現役引退となったが、その後もカープにコーチとして残留。2016年に25年ぶりのセ・リーグ優勝を果たした大きな要因、打線改革は石井琢朗の功績の一つだ。
その後ヤクルトの一軍打撃コーチにも就任。現在は巨人の一軍野手総合コーチ。