2005年から12年間をサンフレッチェ広島で過ごし、数々のゴールとタイトル、あふれるクラブ愛でいまも多くの人々に愛されている佐藤寿人氏。共に紫のユニホームを着たチームメイトがピッチ上で見せた才能、意外な素顔などを連載『エースの証言』で振り返っていく。

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2012年にサンフレッチェに加入し、攻守の要として同年からの3回のJ1リーグ優勝に貢献した千葉和彦

◆いまも新潟で現役で活躍。J1に戻ってきてほしい

 チバちゃんとは、試合前日には一緒にランチに行くのがお決まりでした。ホームでもアウェイでも欠かさず。食事をしながら話す話題はチーム状況や、次の試合の相手のことなど、本当に多岐にわたりました。

 当時チバちゃんは独身で「結婚願望はないの?」といったプライベートのことも話しました。その後に広島で出会いがあって結婚したので、僕にとってそうであるように、チバちゃんにとっても広島は特別な街になっているはずです。

 2012年、サンフレッチェはJ1第33節で初優勝を決めたのですが、優勝したことがない選手ばかりだったので、第32節で敗れたときはチーム全体に大きなプレッシャーがかかっていたんです。でもチバちゃんが試合前の1週間、練習でポジティブな雰囲気を共有してくれたことが大きかった。結果的に自信を持って試合に臨むことができ、ホームで初優勝を決めることができました。

 ただこの試合、チバちゃんは出場停止でした。優勝シャーレを掲げるときに壇上にいれるのは、その試合のメンバーだけというJリーグの決まりがあり、チバちゃんと、同じく出場停止のミカ(ミキッチ)は不在でした。この決まりはJリーグに改めてほしいと思いますね。シーズンの集大成である優勝の瞬間は、全員で写真に収まりたいですから。チバちゃんはJリーグのベストイレブンに選ばれたことがなく、同じように選ばれなかったカズ(森﨑和幸)のように、本来なら選ばれるべき選手だと思っています。

 2013年にチバちゃんやトシ(青山敏弘)への相手のマークが厳しくなったときは、お互いにアイデアを出し合いながら解決への糸口を探りました。一方で2015年、開幕前に2人とも控え組に入ったときは、慰め合うのではなく、『試合に出ていても、出ていなくても、やるべきことは変わらないよね』という無言の会話を続けていました。

 僕が2016年限りで名古屋グランパスに移籍して、一緒にプレーしたのは5年間と短めでしたが、多くの時間を共有しました。チバちゃんが2018年シーズン後に名古屋からオファーを受けたときは、もちろん相談されて、いろいろ教えましたし、住む家を探しに来たときもどこがいいかアドバイスしました。

 チバちゃんは僕にとってだけでなく、みんなにとって『太陽のような存在』です。そこにいるだけで周りがパッと明るくなり、良い影響をもたらしてくれる。

 仲間として一緒に戦った時間は大切な思い出です。新潟に復帰して、J1昇格を争っている今季も現役で活躍していますし、J1に戻ってきて、2024年に完成する広島の新しいサッカースタジアムでプレーする姿を見たいです!

《プロフィール》
千葉和彦●ちば・かずひこ
1985年6月21日生、北海道出身
ポジション・DF
サンフレッチェ広島/2012年~2018年
高校卒業後にオランダ2部リーグのクラブでプレーしたのち、2005年に帰国してアルビレックス新潟に加入。2012年にサンフレッチェに加入し、攻守の要として同年からの3回のJ1リーグ優勝に貢献した。2019年に名古屋グランパスに移籍。2021年から古巣の新潟でプレーしている。