2010年から5年間カープを率い、25年ぶりの優勝への礎を築いた野村謙二郎元監督。この特集では監督を退任した直後に出版された野村氏初の著書『変わるしかなかった』を順次掲載し、その苦闘の日々を改めて振り返る。
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 事態が動いたのは2014年12月21日だった。僕は名球会のイベントでハワイに行っていたのだが、日本に帰ってきて広島便に乗り換えようとしていた羽田空港で携帯電話が鳴った。クロ(黒田博樹)からだった。「どうしたんだ?」と尋ねると、想像もつかない言葉が飛び出した。

「野村さん、(あるメジャー球団からの)オファーの返事、1日延ばしてもらったんですけど、あと1時間で返さなきゃいけないんです……」

「お前は、どうしたいんだ?」

「いや、どうしたらいいんですかねぇ……」

 電話の向こうでは苦悩するクロの声があった。彼はもしかしたら僕に背中を押してほしかったのかもしれない。しかし僕はとっさにこう言うしかなかった。

「俺はもちろん帰ってきてほしいけど、これはおまえの人生だ。おまえがもしカープでやると言ってくれたら鬼に金棒だし、広島の街もすごく盛り上がる。ただ、家族のこともあるし、お金のこともある。最後は後悔しないように、おまえ自身が決めろ」

 彼は、「ありがとうございました」と言って電話を切った。それから連絡がないまま迎えた12月27日、クロのカープ復帰が発表になった。僕は発表の後、彼と話していない。電話が通じなかったので、「おまえらしい選択だな」と書いてメールしただけだ。