11年の在任期間に、4度のリーグ優勝、3度の日本一。今もなお、名将と語り継がれる故・古葉竹識が語る監督論には、一貫した哲学が垣間見えた。2013年に行った、広島アスリートマガジンの取材インタビューから、監督の在り方を再度見つめる。

常に選手の動向に目を向けることが必要だと語った古葉元監督

◆選手の様子、サインを見逃してはいけない

 監督として選手と縁があった以上は、選手たちにプロ野球で1年でも長くやってほしいという思いでした。しかし主力選手もベテランとなり、調子が悪いまま使い続けていると、ファンの人たちから「やめろ! やめさせろ!」という声も当然出てきます。

 それをどう判断するかは監督です。そんなときには適切な判断で休ませるということも、必要となることがありますよね。私の経験で言うと、当時の4番であった山本浩二も例外ではありませんでした。

 彼が調子を落として3、4試合スタメンから外したことがありました。ですが、1試合くらいでまたスタメンで出られると浩二は思っていたと思うのです。しかし3試合くらい起用しなかったら、ベンチ裏から「俺は大丈夫だ!」と言っている浩二の声が聞こえてくることもありました。

 そこから調子を取り戻してくれて、悔しさをバネにして見違えるような打撃を見せ、チームを優勝に導いてくれたことがありました。選手の調子、気持ち、これらを見逃さないこと。これらも監督として、重要な要素となってくるでしょう。 

古葉竹識/こば・たけし
1936年4月22日生、熊本県出身。1958年にカープに入団すると、1年目からショートのレギュラーに定着。1963年には長嶋茂雄と激しい首位打者争いを繰り広げ、打率.339をマーク。また2度の盗塁王を獲得するなど俊足好打の内野手として活躍した。引退後、1974年にコーチとしてカープに復帰すると、1975年にルーツ監督の後を継いで5月に監督に就任。その後快進撃を見せ、球団創設26年目の初優勝を果たした。以後も1985年まで指揮を取り、4度のリーグ優勝、3度の日本一に導いた。1999年に野球殿堂入り。

広島アスリートマガジン4月号は、いよいよ始動した新井新監督が表紙を飾ります!広島のスポーツチームを率いる監督たちの哲学にもご注目ください!