リーグ屈指の対人強度、空中戦の強さを誇る荒木隼人。サンフレッチェ広島ユースで育ち、大学で技術を磨いたCBは、いまや広島のDFラインに欠かせない存在となった。

 2020年に収録したロングインタビューで荒木が語ったサンフレッチェ広島の魅力、そして広島への思いを再編集してお届けする。(「広島アスリートマガジン2020年9月号」掲載記事を再編集)

広島所属7シーズン目を迎えた荒木隼人。

◆育成時代から責任を背負い、高い献身性でチームを引っ張る

—サンフレッチェ広島ユースから関西大を経て、2019年にサンフレッチェに加入されました。広島に戻って来られたのはどういう思いからですか?

「サンフレッチェから加入のオファーをいただいたときはうれしかったですし、正直ホッとしました。僕は広島ユースでサッカーをさせてもらい、サンフレッチェというチームも、広島の街も大好きになりました。一番大きな理由は、本拠地のある安芸高田市吉田町のみなさんがフレンドリーで親切な方が多く、他県から来た僕たちに、昔からいる地元の子と同じように対応をしてくださったからです。道ですれ違うときに話かけてくださったりするんです。今でもよく覚えているのは、畑の前を通ったときに、ほとんど関わったことのない地域のお父さんに急に呼び止められて、なにかと思ったら『みんなユースの子たちだろ?』とキャベツを一人1玉ずつくださったこと。高校3年のときですね。キャベツをもらう自転車の渋滞ができていました(笑)。田舎だから早く都会に出たいと思ったことは一切なく、寮で暮らしているみんなとも仲が良かったし、本当に楽しかったです」

— 広島ユースのみなさんが普段から礼儀正しくされているから、地域の方にも愛されているのだと思います。

「広島ユースではサッカーの技術を上げるためのトレーニングを高いレベルで行うのはもちろん、一人の社会人として自立できるよう常に教育されていました。先輩たちがこれまで築いてきたものを脈々と受け継いでいるからこそ、地域の人たちも僕たち選手を可愛がってくれて、協力してくださっているのだと思います。そういう風に育ててもらったので、高卒でプロになれなくても、大学を経て帰ってこようと感じたのだと思います」

—広島ユース、そして関西大でもキャプテンを務められました。

「大学で自らキャプテンに手を挙げたのは、広島ユースのときに結果を残せず悔しかったので、自分の中ではリベンジというつもりでした。大学生活の最後の年でしたし、チームを上に引っ張っていきたいという強い思いがありました」

—200人以上のサッカー部を引っ張るという経験から得られたものは大きかったのではないでしょうか?

「大学のキャプテンともなるとサッカー以外の場所に顔を出すことが多く、周りからの期待を感じたり、知らないところで支えてくださっている存在があることに気付かされました。多くの方たちのサポートのおかげで僕たちが活動できていることを知れたのは大きかったですね。反省すべき点は、日本一を掲げて活動してきたのですが、どのカテゴリーにおいても日本一に届かなかったことです。僕がもっとリーダーシップを取ることができれば良かったと思っています」

—サンフレッチェでは、2020シーズンから選手会長を務めています。

「選手会長の役割はピッチ外のことが多いです。これと言って大きな活動はないのですが、各チームの選手会長が集まる総会に出席したりします。若手ではなく中堅の域に入ってきたので、チームのためになる行動を取っていきたいと思っています」