オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)、MLBワシントン・ナショナルズのトレーナーを務め、メジャー時代は「マック(高島の愛称)はゴッドハンドを持っている」と高い評価を得たトレーナー・高島誠。この連載では、数々のプロ野球選手を指導してきた経験をもとに、これまで公では語られることのなかった、マック流・野球パフォーマンスアップの秘密を披露していく。

ストレートと変化球を同じ球にみせるテクニック

野球専門のトレーニングジム「Mac’s Trainer Room」代表の高島誠です。『Mac高島の超野球塾』の連載をご覧いただき、ありがとうございます。

前回のコラムでは、大瀬良大地投手の伝家の宝刀『カットボール』の魅力を分析しました。今回は、『ピッチトンネル』という理論をもとに、大瀬良投手の『カットボール』をより詳しく分析してみたいと思います。

まずはじめに、『ピッチトンネル』という理論を聞いたことはありますか? このピッチトンネルという理論はここ数年、MLBやNPBで浸透しつつある考え方です。

ピッチトンネルとは、投手が投げた球がキャッチャーミットに収まるまでに、ある地点に存在する『トンネル(円)』を通過することで、打者が投手の球を打ちづらくなることを説明した理論です。理論上では、その『トンネル(円)』はホームベースから約7.2m付近(直線上)にあるとされています。なぜその地点かというと、打者が、球種やコースの判断ができる限界地点がその7.2m付近だと言われているからです。

直球と変化球をどれだけ同じ軌道で投げることができるか、つまりどれだけ直球と変化球をこのピッチトンネルに通すことができるのか、特に変化球の場合はこのピッチトンネルを通過してから変化させることができるのかが、打者にとって打ちづらい球(直球と変化球を判別しづらい球)を投げる上で重要になってきます。

ピッチトンネル理論を表した模型。投手と打者の間に据えた『円』がピッチトンネルとなる。

直球も変化球も、ピッチトンネルを通過するまで軌道が同じであれば、その球が直球なのかカットボールなのかスライダーなのかすぐには判断できませんし、トンネルを通過する際の球の軌道が、同じ場所に集まれば集まるほど、ピッチトンネルの円は小さくなるため、打者はどんな変化をするのか見極めづらくなります。

ちなみに、緩いカーブや縦スラなど、変化量が大きいボールは、ピッチトンネルの円を通らない軌道となるため、その分、球速もストレートに比べると遅いですし、もし打者が最初からその球種に狙いを絞っていれば対応もしやすくなります。

これを踏まえた上で、大瀬良投手の『縦カット』と『横カット』を見ていきます。前回からの繰り返しになりますが、大瀬良投手は2種類のカットボールを投げ分ける非常に器用な選手です。

そして、大瀬良投手が投げる直球、縦カット、横カットは、いずれも小さな『ピッチトンネル』を通過します。ピッチトンネルを通過するまで、ストレートもカットボールも、球速や軌道にほとんど変化がないため、打者はどの球が来るのか直前まで判断できません。

仮に直球を待っていたとしても、大瀬良投手の場合、そこから横カットも縦カットもありますし、カットボールと見極めたとしても、横カットか縦カットを判別することは困難です。

さらにカットボールの選別だけでも大変ですが、それに加えて、スライダー、カーブ、フォーク、そして今シーズンから投げ始めているというシュートがあります。そして、横カットとスライダー、縦カットとフォークといったように、同じ方向に違う変化球を投げ分けることができているので、打者は狙い球を絞ることが容易ではありません。打者からすると、緩いカーブ以外は、どれもが直前まで同じ球のように見えているのではないでしょうか。

つまり、大瀬良投手は、カットボールをはじめとした自身の球種をピッチトンネルを通過させ、全て同じような軌道になるように投げ、そしてピッチトンネルの通過後に球を動かしているというわけです。このピッチトンネルという考え方を通して、大瀬良投手のピッチングを見ていくことで、カープのエースの凄さがより伝わったのではないかと思います。