2025年に東京で開催される世界陸上。その大舞台を目指す、やり投の小椋健司選手(エイジェックスポーツマネジメント所属)の、目標や競技への想いなどに迫る。

小椋健司選手(所属:エイジェックスポーツマネジメント)

◆世界陸上出場への戦略

 小椋の今シーズン最大の目標は、東京で開催される世界陸上への出場だ。出場権を得るためには「参加標準記録の85m50を突破」、「日本選手権で優勝」、「ワールドランキング(Road to Tokyo 25)で世界36位以内に入る」と、主に3つのルートがある。

 この中で小椋が特に重視しているのが、ポイントを稼いで世界ランキングで出場権を獲得することだ。「1か国3名まで出場できるので、他の選手より多く大会に出場し、ポイントを稼いで3枠の中に入れるようにしたいと思っています」と戦略を語る。ただそのためには、国内外の大会で、安定して上位入賞と好記録を残し続けることが不可欠となる。現在ワールドランキング(Road to Tokyo 25)で31位と、『36位』の条件は満たしているものの、国内4位のままでは出場権を得ることが出来ない。次戦として予定されている7月5日に国立競技場で行われる日本選手権で好成績を残し、より多くのポイントを獲得することが必要になる。

 また、世界陸上の参加標準記録である85m50は、達成すれば入賞も狙える非常にハイレベルな記録だ。日本歴代4位相当の好記録ではあるものの、天候やコンディションに左右されるやり投競技の特性上、決して不可能な記録ではないと小椋は考えている。日本選手権でパーソナルベストを叩きだすことが出来れば、世界陸上への出場も現実味を帯びてくるだろう。

◆進化を続ける投てき技術

 世界陸上という大舞台に向けて、小椋は自身の技術をさらに磨き上げている。『やり投』という競技はその名の通り、やりを遠くに投げるという、豪快なイメージのあるスポーツだ。しかし、その『投げる』という動作は非常に繊細で、多くのチェックポイントが存在し、非常に高い技術が求められる。小椋は自身の成長を「昨シーズンと比べて助走のスピードが向上し、投てきまでの一連の動作がスムーズになったことで、意識するポイントが減りました」と語る。現在は、投げる瞬間に「やりをいかに後ろに残せるか」という、投てきの最終局面の修正に取り組んでいるという。長年の課題であった、踏み込んで投げる際に、やりが体と同時に前に出てしまう動きを矯正するため、800g~5kgのボールなどを使ったドリルを行い、体に覚えさせている。

 5月に行われた、セイコーゴールデングランプリ陸上2025では、試技を終えるごとにマネージャーを務める澤田尚吾の元を訪れ、タブレットで自身の投てきフォームを映像で確認する姿が見られた。助走スピードや、やりの角度といった客観的なデータと自身の感覚をすり合わせることで、パフォーマンスは大きく向上するという。実際に、昨年の佐賀国体では、記録が伸び悩んでいたところ、やりを持つ位置を修正したところ、最終試技で記録が6mも伸びて優勝につながった経験もある。

 そんな、力強さと繊細さの両面を持つやり投の魅力について小椋は、「『初速と角度』の2つの要素が完璧に噛み合った時の飛距離と喜びに尽きる」と語る。

◆やり投との出会い、そして現在

 小椋がやり投を始めたきっかけは、中学生時代に遡る。もともと小学生の頃は野球少年で、中学では短距離と駅伝に取り組んでいた。野球で培った肩の強さには自信があり、ジャベリックスローに出場したところ、県大会で優勝。わずか1カ月ほどの練習期間で50mを投げ、全国大会にも出場した。この成功体験が、高校から本格的にやり投の道へ進むきっかけとなった。また、同郷の先輩で、やり投選手だった現在のコーチへの憧れも、競技を始める大きな後押しになったという。

◆アスリートとしての日常と陸上界への想い

 スポーツの世界では、練習できることも才能と言われる。特にやり投は、短距離走、ウエイトなどの筋力トレーニング、投てきなど、練習内容が多岐にわたる。やり投の日本記録保持者である、溝口和洋氏は1日に12時間以上の練習を重ねていたという逸話が残るなど、特にハードな練習が必要となる種目のひとつだ。小椋もまた、日々の鍛錬を欠かさないアスリートだ。オフの日でも「練習をしないと落ち着かない」と言い、完全に休むことはない。午前中に練習場へ足を運び、ストレッチなどの軽い調整を行うのがルーティンだ。

 現在所属する、株式会社エイジェックスポーツマネジメントでは、『エイジェックスポーツ科学総合センター』の管理業務を主に担当している。午前中に社業を行い、午後に練習というスケジュールで、オフシーズンには、小中学生向けの講演会や陸上教室の講師として、スポーツの普及にも貢献している。

 今年30歳を迎え、自身のキャリアの終盤を見据え始めているという。「やり投のような投てき種目は経験が必要な競技。若い選手が勢いだけで勝てるわけではありません。だからこそ、彼らが上がってくる時に、乗り越えなければならない壁のような存在であり続けたいです」と、まだ若手には負けないという強い意欲も示している。現在、故郷の鳥取県と、活動拠点の栃木県の県記録を保持しており、その地域で競技をするやり投選手たちにとって、文字通りの『壁』として立ちはだかっている。

 一方で、競技を続ける上での課題も口にする。特に、高価な用具の負担は大きい。高いレベルの選手が試合で使う“やり”は1本約30万円と高額で、自己負担で購入しているのが現状だ。やりは消耗品であり、重心のズレや摩耗によって試合で使えなくなったものを練習用として使用している。また、世界で戦うためには、より高いポイントが得られる海外の大会への出場が不可欠だが、その遠征費用も大きな課題となっている。企業からの手厚いバックアップを得られる選手はまだ一握りなのだ。

 「陸上界、特に投てき種目への企業のサポートがもっと増えれば、選手はより競技に専念でき、日本のレベルもさらに上がっていくはずです」。小椋は、自身の経験を踏まえ、後進のためにも競技環境の改善を願う。その視線は、最大の挑戦である世界陸上、そしてその先の未来を見据えている。

◆プロフィール
小椋健司(おぐら・けんじ)/1995年6月8日生まれ
・経歴
 倉吉総合産業高ー日本大ー日本体育施設ー公益財団法人栃木県スポーツ協会ーエイジェックスポーツマネジメント    
・主な実績
 自己ベスト 81m63 (日本歴代10位)
 世界陸上選手権大会(2022.2023年)日本代表
 杭州アジア大会(2023年)5位
 ユニバーシアード国際大会(2017年)日本代表
 日本陸上競技選手権大会(2019.2022年)準優勝
 全日本実業団選手権大会(2021.2022.2024年)優勝
 国民体育大会・国民スポーツ大会(2023.2024年)優勝