2026年4月16日、日本サッカー界に多大な功績を残した今西和男さんが85歳で生涯の幕を閉じた。

 森保一氏をはじめ数多くの人材を育てた今西さんは、日本屈指の育成・強化責任者として知られている。

 今西和男氏の著書『聞く、伝える、考える』(アスリートマガジン刊)の中で、サッカー日本代表・森保一監督は今西さんについて「私のサッカー人生において『教本』となる人。これまでやってくださったこと、背中で見せてくださったことは自然と実践していることがあります」と語っている。この「自然と実践していること」とは何なのか――。

 本連載では、日本代表監督就任から約8年間にわたる森保監督の会見や取材での言葉をもとに、『聞く、伝える、考える』を手がかりに、その背景にある今西さんの考え方や育成哲学について読み解いていく。

 今回は「試合前後に『感謝』を語る」をテーマに、森保監督が勝敗よりも先に『感謝』を語る理由を考えていく。

故・今西和男氏(写真左)/森保一氏(写真右)

 2022年12月。W杯カタール大会を終えた帰国会見で、森保一監督はまず、選手やスタッフ、サポーターへの感謝を口にした。2026年W杯終了後の会見でも、「支えてくださったみなさんのおかげ」「多くの方々への感謝」という言葉が繰り返された。

 勝利の喜びや悔しさよりといったことより先に、周囲への感謝を語る。この姿勢は、森保監督の会見で一貫して見られる特徴の一つである。感謝を口にする指導者は少なくない。しかし、森保監督の場合、それは試合後の会見で添えられる決まり文句ではない。会見でも取材でも、折に触れて繰り返し語られる、森保監督自身の姿勢そのものである。

 なぜ、これほどまでに『感謝』を言葉にするのか。

 これは、書籍『聞く、伝える、考える』の中で今西和男さんが語る、「人を大切にする」という考え方が強く影響していると思われる。今西さんは本書の中で、どのような人であっても「一人の人」として向き合うことの大切さを繰り返し語っている。技術や能力を見るのではなく、「この選手は何を考えているのか」「どんな背景があるのか」を理解しようとすること。それが信頼関係の出発点であり、人が育つ土台になるという考え方だ。

 だからこそ、今西さんは「聞く」ことを大切にした。話すより先に、相手の話を聞く。教えるより先に、相手を理解する。その姿勢があって初めて、人は自ら考え、成長していくと考えていた。

 森保監督の『感謝』という言葉にも、同じ姿勢が感じられる。試合は監督一人では戦えない。選手だけでも勝てない。スタッフ、クラブ、家族、サポーター、多くの人の支えがあって初めて、一つのチームが成り立つ。だからこそ森保監督は、勝敗について語る前に、その支えに感謝する。それは謙虚さを示すためではなく、「自分一人で成果は生まれない」というチーム観を表しているのではないか。

 『聞く、伝える、考える』で今西さんが伝えようとした育成とは、ただサッカーの上手い選手を育てることではなかった。

 周囲への敬意を持ち、人との関わりを大切にできる人。人を大切にするからこそ、人から信頼される。信頼されるからこそ、互いに力を発揮する。これが人と人の関係の礎になる。それを理解し、実行できる選手を育てようとされていた。

 今西さんは選手や指導者について話されるとき、肩書や実績よりも、

「あいつは努力家なんよ」
「人の話をよう聞くんよ」

 と、その人の姿勢や人柄を語られることが多かった。

 それが今西さんらしい「人を見る」という姿勢だったように思う。 

 森保監督が試合後の会見で、勝敗よりも先に『感謝』を語る姿を見るたびに、その今西さんの言葉が思い出される。それは礼儀や謙虚さを示すためだけのものではない。チームは決して一人では成り立たないからこそ、まず支えてくれた人へ目を向ける。

 森保監督が会見で繰り返し『感謝』を語る背景には、そんな今西さんの育成哲学が受け継がれているのではないだろうか。

   

【短期連載】 vol.1「勝つ前に『成長』を語る」 

【短期連載】Vol.2 「勝つ前の『準備』を語る」

【短期連載】Vol.3「戦術の前に、『原則』を語る」

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今西和男著『聞く、伝える、考える。〜私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと〜』(好評発売中)

 Jリーグ黎明期から「育成型クラブ」として知られるサンフレッチェ広島。かつて、サンフレッチェ広島発足前後に総監督(ゼネラルマネージャー)として、クラブの基礎を築き上げたのが今西氏。本書は、サンフレッチェ広島の基礎を創り上げた今西氏の「哲学」と「育成論」を言語化。自身がサッカーを通じて経験してきた「人材育成哲学のルーツと伝えてきたこと」が綴られています。

 また、本書の第二部、第三部では、「今西氏の教え・影響を受けた人物の証言」を多数収録。森保一(日本代表監督)、横内昭展(モンテディオ山形監督)、森山佳郎(ベガルタ監督)、引退後もサンフレッチェ広島を支える森﨑和幸・浩司兄弟・駒野友一による特別座談会、さらに、サンフレッチェ広島の黎明期に活躍した風間八宏、元日本代表監督・ハンス・オフトなど、今西氏の教えと哲学の背景についても理解できる内容で構成されています。

 これからのサッカー界・スポーツ界を支えていく指導者、未来のアスリートを育てる保護者の皆様、さらにサッカーファン、ビジネスパーソンにとっても必見の一冊です。

【書籍概要】
■タイトル:「聞く、伝える、考える。〜私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと〜」
■著者:今西 和男(いまにし・かずお)
■定価:2,200円(本体 2,000円+消費税10%)
■ページ数:240ページ
■発行:アスリートマガジン