長年にわたり、カープを支えてきた名スカウトたち。ここでは歴史をつくってきたスカウトが明かす『ドラフト秘話』を紹介する。今回は長年スカウトとしてカープを支えた、故・備前喜夫氏の言葉で、懐かしい選手たちのドラフトエピソードを振り返る。
今回は、大学時代『金本2世』と評された森笠繁の入団秘話を紹介。1999年ドラフト4位で入団し、激しい外野手争いを演じた森笠をカープの名スカウトはどう見ていたのか。2004年当時に聞いた、備前氏の証言で振り返る。
◆スカウトの前で本塁打・3ランを放つ大活躍。守備のセンスも光っていた
東出輝裕(1位)・小山田保裕(5位)・新井貴浩(6位)らと共に1999年ドラフト4位で関東学院大学から入団したのが森笠繁です。
私が初めて森笠を見たのは、彼が大学4年のときに横浜スタジアムで行われた神奈川六大学春季リーグ・神奈川大学戦でした。
関東地区を担当している渡辺秀武スカウトから「身体はそんなに大きくないが、走攻守の三拍子がそろい、なおかつパンチ力がある選手がいる」と聞き、見に行ったことを憶えています。
その試合は関東学院大が20対7と大差で勝利したのですが、その20点のうち森笠はなんと一人で7打点を挙げる活躍を見せたのです。しかもそれは1イニングで満塁HRと3ランHRを放つという信じられないものでした。
確かに二打席目が回ってきたときに、「もしここで打てばすごいことになる」と思っていたのですが、まさか本当に打つとは思ってもみませんでした。
守備に関しては言えば打球に対しての第一歩目が非常に早く、センスを感じました。また遠投で115mも投げる程の強肩だったことも憶えています。足の速さは福地(寿樹)ほどではありませんでしたが、大学通算58盗塁という記録が示すように、十分プロで通用するレベルにありました。
私たちスカウトが選手を見るときの第一基準は「俊足で、守れるか」ということです。
例えば現役選手では緒方孝市(※2004年当時)がその代表です。彼は現在センターを守っていますが、入団当時はセカンドでした。そしてバッティングよりもどちらかというと走塁と守備が秀でていました。
森笠も緒方と同様に俊足で守備がうまかったので、すぐに一軍でレギュラーをつかむことは難しいとしても代走や守備固めとしてなら活躍できるという思いはありました。
【備前喜夫】
1933年10月9日生〜2015年9月7日
広島県出身
旧姓は太田垣。尾道西高から1952年にカープ入団。長谷川良平と投手陣の両輪として活躍。チーム創設期を支え現役時代は通算115勝を挙げた。1962年に現役引退後、カープのコーチ、二軍監督としてチームに貢献。スカウトとしては25年間活動し、1987〜2002年はチーフスカウトを務めた。野村謙二郎、前田智徳、佐々岡真司、金本知憲、黒田博樹などのレジェンドたちの獲得にチーフスカウトとして関わった。
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