従来の型を離れて新たな型を生む

 石本野球を継いだ白石勝巳・カープ2代目監督(広陵OB)は、巨人の強打者・王貞治を抑えるため、データによる『王シフト※1』を考案した。創成期のカープ野球は、切磋琢磨してきた広島商高・広陵高の伝統を原色として、創造的に、ときに大胆な策として描かれたといえるだろう。  

 ここでいう『型』とは、先人から受け継がれてきた思想や慣習の枠組みのことである。抽象的な概念ではあるが、カープのそれは『逆境からの創造力』といえるのではないだろうか。どうしても投手力や機動力といった目に見える『形』が目立ってしまうが、これらは、あくまで手段にほかならない。『形』を強調しすぎると、かえってカープ野球の本流をせき止めることになる。

 黒田博樹・新井貴浩のカープ復帰、野村祐輔・會澤翼・松山竜平らの残留によって、カープはFAに抗う『離』の型が生まれつつある。『離』とは離れるのではなく、新たな価値を生み出すプロセスのことだ。次稿で取り上げることになるが、黒田博樹が最後にカープのマウンドを選んだように、カープの『離』には、理屈ではない理屈の美学がある。

 だが、モノトーンの”赤“で対抗できるほど、日本シリーズは甘くない。常に新しい色を混ぜて色合、彩度、明度を変えながら、チームのカラーバランスを模索していく必要がある。

 しかし、大丈夫だ。カープには、逆境を乗り越えるたびに磨かれてきた『クリエイティブな型』という先人からの最大の贈り物がある。

 どんなに阻まれようとも、広島は屈しない、決してカープは屈しないのだ。

*文章の構成上、野球界の諸先輩方の敬称は省略させていただきました。

(※1)巨人の王貞治選手の打球が右方向中心であることから、フィールドの右半分に6人の野手を守らせるように配置したシフト

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高柿 健(たかがき けん)
広島県出身の高校野球研究者。城西大経営学部准教授(経営学博士)。星槎大教員免許科目「野球」講師。東京大医学部「鉄門」野球部戦略アドバイザー。中小企業診断士、キャリアコンサルタント。広島商高在籍時に甲子園優勝を経験(1988年)、3年時は主将。高校野球の指導者を20年務めた。広島県立総合技術高コーチでセンバツ大会出場(2011年)。三村敏之監督と「コーチ学」について研究した。広島商と広陵の100年にわたるライバル関係を比較論述した黒澤賞論文(日本経営管理協会)で「協会賞」を受賞(2013年)。雑誌「ベースボールクリニック」ベースボールマガジン社で『勝者のインテリジェンス-ジャイアントキリングを可能にする野球の論理学―』を連載中。