2015年からカープの指揮官を務め、2016年から球団史上初となるリーグ3連覇を成し遂げた緒方孝市氏。本稿では、緒方氏の著書「赤の継承 カープ三連覇の軌跡」の構成を担当した清水浩司氏に、書籍制作を通して見えた“闘将”の横顔を語ってもらう。

5年間の監督生活を自身初の著書で語った緒方孝市氏。

◆第3回・緒方孝市は負け試合を書くことから“逃げなかった”

 監督という職を離れた緒方さんは、これまでチームのために押し殺してきた感情を解き放つように、自らの過去について語りはじめた。それは本当に“怒涛のように”という表現がぴったりで、言葉は尽きることなくあふれ出た。緒方さんはこの本を33年間に渡るカープでの日々、そして少年時代からはじまる野球漬けの人生の集大成と位置付け、情熱を持って本の制作に没頭していった。

 話は少し脱線するが、ここで私の役割というものを説明しておきたい。私は今回、編集者という立場で本書の制作に関わった。編集者が何をするのかというと、この本を具体的にどんな本にするか内容を決めるのである。そのために私は緒方さんにヒアリングを繰り返し、「こういうテーマで、こういう流れで話を進めていきましょう」と全体の構成を練ったり、「その部分もっと詳しく書きましょう」と提案したりした。

 そんな編集者の仕事として、ひとつ大きいのは「著者が作りたい本を作る」というものがある。今回の場合は、緒方さんが作りたい本についてイメージを聞き、それを実現するよう技術的サポートを行う。どんな本を作りたいか、お会いして最初の打ち合わせで尋ねたところ、座右の銘である「出会いに感謝」を伝える本にしたいという答えが返ってきた。鳥栖高校時代の恩師である平野國隆監督、現役時代に自分を鍛えてくれた内田順三コーチ、山本一義コーチ、三村敏之監督……これまで自分を育ててくれた数々の人物に光を当て、そんな出会いによって自分は作られたと感謝を捧げる内容にしたいと話された。私はそれをまず、本書の柱のひとつとした。

 しかし、その一方で編集者は著者の方だけを向いていれば良いわけではない。編集者はある意味“最初の読者”であり、多くの読者が緒方さんに何を書いてほしいと思っているのか、それを伝える役割も課されている。緒方さんの書きたいことを支えながらも、読者代表、ファン代表として「これについて書いてください」「このときのことを教えてください」とお願いしなければならないのだ。それに関して、私と緒方さんの間でバトルが発生することも数多くあった。

 たとえば私がファンとして知りたかったのは、カープにとって重要ないくつかの試合の舞台裏である。この試合に対して、どう臨んだのか? ここでどうしてああいう采配を振ったのか? そのとき監督として何を考えていたか?……

 たとえばそれが25年ぶりのリーグ優勝を決めた2016年9月10日の巨人戦(東京ドーム)のような喜ばしい試合であれば、もちろん筆は進むだろう。しかし真実を知りたい試合というのは、えてして勝ち試合だけではなかったりする。

 たとえばリーグ最終戦の1安打敗戦でクライマックス・シリーズ進出の夢が断たれた監督就任1年目、2015年10月7日の中日戦(マツダスタジアム)。罵声が飛び交う中で何を思っていたのか?

 たとえば2連勝のあとの4連敗で敗退してしまった2016年の日本ハムとの日本シリーズ、その最終戦で継投が遅れたのはなぜだったのか?

 たとえば“甲斐キャノン”の名を一躍全国区にした2018年のソフトバンクとの日本シリーズ、シリーズの分かれ目はどこにあったと考えているのか?……

 私はこうした試合の真実が知りたいと思い、それについて書いてほしいと緒方さんに迫った。何度も何度もしつこく迫った。

 思えば残酷な話である。監督として負け試合など思い出すだけで不快だろうし、それを書くというのはある意味、治りかけたかさぶたを剥がして、再び傷をえぐるようなものである。

 しかし私はそれをお願いした。多くの読者もそれを求めていると信じ、緒方さんにそれらの試合と改めて向き合ってもらうよう依頼した。

 そして数日後、緒方さんから文章があがってきたとき、私は打ち震えた。以下に転載するのは、2016年の日本ハムとの日本シリーズ第6戦に対する記述である。