日本を代表するヒットメーカーである秋山翔吾のカープ移籍は、多くのプロ野球ファンに驚きをもたらした。ここでは改めて、過去カープに移籍入団、復帰入団を果たし注目を集めた選手たちの言葉を振り返っていく。
今回は2014年オフにカープ復帰を果たした新井貴浩の独占インタビュー(広島アスリートマガジン2015年8月号掲載)をお送りする。
◆今の自分を想像できなかった
― まず、ここまでのご自身の状況をどのように感じていますか?
「自分がカープに復帰すると決まって開幕前までの間、今の自分がいるというのが想像できなかったですし、数字的な目標も全くありませんでした。なので開幕からこんなに試合に出ていることを想像していませんでしたね」
― 8年前にカープでプレーされていたときと違う感覚ですか?
「基本的なものは変わっていませんが、自分がというよりも、ファンの方に喜んでもらいたいという気持ちが強いですね。カープに復帰することが決まって、想像することができないような声援をずっと送っていただいていますからね。復帰するにあたって、罵声のなかでプレーするのも覚悟して復帰を決断しました。でも、いざ復帰すると温かく迎えていただいて、大声援をいただいて、本当に嬉しかったし感動しました。今は自分がそういう気持ちをもらったので、カープファンの方々に喜んでもらえるようなプレーをしたいと思ってやっています。それが一番気持ちで大きい部分ですね」
― 8年前と同じ応援歌でファンの方は迎えてくれました。
「それも本当にありがたいですしうれしかったですね。チームを出ていって、初めて旧広島市民球場で試合をしたときの大ブーイングはすごく覚えています。それだけに昔と同じ応援歌を歌っていただいて、声援をいただけるのは、すごく感慨深いものがありますね」
― カープに復帰するにあたってさまざまな想いがあったのではないでしょうか。
「まず、カープから声をかけていただいて本当にビックリしました。まさかカープから帰ってこいと言ってもらえるとは夢にも思わなかったので、すごくうれしかったですね。一度出ていったのに、帰ってこいと言われるありがたさを感じました。そして決断するまではかなり悩みました。種類は違いますが、8年前に出ていくときと同じくらい悩みました。うれしいし、帰りたいという僕の気持ちがありましたが、客観的に自分を見たときに『いや、一回出たんだから、お前は帰ったらダメだろう。あれだけのバッシングを受けたんだから』という自分がいて、ずっと葛藤していました」
― 復帰する決め手となったのは どんなことだったのですか?
「悩んでいたとき黒田(博樹)さんから『お前どうするんだ?』と電話があったんです。『自分としてはうれしいし、帰りたいですけど、帰っちゃいけないという思いもあります』と言ったら、『そんなの関係ないから、帰ればいい』と言葉をもらったんです。黒田さんからもらったその言葉は、決断するにあたって背中を押してくれました」
― 黒田投手も同じく8年ぶりにカープ復帰となりました。新井選手にとってどんな存在ですか?
「簡単に言えば尊敬する先輩ですし、大きな存在です。2月から一緒にやっていますけど、『またカープのユニホームを着て黒田さんと一緒にやってるんだな』と、ふと不思議な感覚になることが半年経った今でもありますね」
(後編につづく)
=後編へ続く=
新井貴浩◎あらい たかひろ
1977年1月30日生、広島県出身
広島工業高校から駒大を経て、1999年にカープ入団。2005年には本塁打王に輝くなど主力として活躍するも、2008年に阪神へFA移籍。その後2014年に黒田博樹とともにカープに復帰すると、4番として打線をけん引。25年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した。2018年現役を引退。現在は野球解説者、野球評論家として活躍。