2010年から5年間カープを率い、25年ぶりの優勝への礎を築いた野村謙二郎元監督。この特集では監督を退任した直後に出版された野村氏初の著書『変わるしかなかった』を順次掲載し、その苦闘の日々を改めて振り返る。
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 CS進出が決まった瞬間、僕は身体が震えていた。4年かかったが、やっとひとつ目標が達成できた喜びが体中を駆け巡った。

「優勝したわけでもないのに」と言われるかもしれないが、それでも正直力は抜けた。なんといってもチームにとっては16年ぶりのAクラスなのだ。試合後はコーチがみんな「やりましたね」とうれしそうに声をかけてくれた。普通はその後、祝杯をあげにいくところだが、僕の電話がパンクしていた。

 だから僕はホテルに帰ってシャワーを浴びた後、ひたすらメールを返信していた。缶ビールを買って“世界の山ちゃん(註・名古屋発祥の手羽先の有名チェーン店)”の手羽先をつまみながら電話でお礼を伝えたり、いただいたメールに返信をしたり……それが2時間半。それでその晩は終わってしまった。

 ちなみに、この試合、例の手帳に何を書いているかというと……、「バリントンの守備、取れる当たりなのにグローブを引っ込めている」「サインプレーでOKのサインを出さない」「7回2死、もう打たなくていいというサインを無視してヒッティング」……。

 どれも赤字で書いているから怒っていることばかり。CS進出が決まったことについては、「ありがとう、球団初クライマックス」、ただその一言だけ。CS進出を決めた試合だけではなく、7連勝中に書いた手帳を見ると、試合中は案外冷静でいたことがわかる。

「3回2死から松山が振り逃げ。そこから4点。こういうことがあるから空振りしても走らなければいけない」(9月10日ヤクルト戦)、「各投手の球数が多い。1イニングの球数をコーチに出してもらうよう指示」「巨人の攻撃、4回無死一、二塁、バッター矢野(謙次)、2ボールからバスターエンドラン。矢野の構えが明らかに打つフォームに変わっているのに、猛がその行動を読み取れず」(9月16日巨人戦)……あくまで試合のディテールばかり。