2018年に創部した社会人野球・エイジェック硬式野球部。2020年から同野球部2代目監督として新鋭を社会人野球の二大大会へ初出場、都市対抗野球本戦初勝利にも導いた難波貴司氏が今季で監督を退任する。ここでは、約5年間エイジェック硬式野球部を率いた難波監督にこれまでの指導等について聞いた。(全2回/後編)

エイジェック男子硬式野球部・難波貴司監督

◆社会人野球の“意義”

―今季で退任されますが、約5年間で一番の成果と言える出来事などはありますか?

「就任した5年前は都市対抗出場は遠い目標でした。当時は、河川敷のリトルリーグ用の球場を借りて練習していたほどです。そんな中で、みんなで頑張り、都市対抗に出場し1勝できたこと、そして日本選手権に出場できたことですかね」

ー創部以来、初出場という快挙でした。

「何度も全国大会に出場することができるようになり、都市対抗野球の東京ドーム、日本選手権の京セラドームで『エイジェック』として胸を張ってプレーできたことは私の中でとても大きな成果でした。やはり社会人野球は全国大会に出てこそです。出るか出ないかでは天と地の差がありますから、本当にうれしかったですね」

―この5年間を振り返り、難波監督が印象的だと感じた選手はいますか?

「まずは金城(乃亜)です。監督就任当初、SUBARUに2回でノックアウトされたことを覚えています。それが成長し、昨年の都市対抗予選では本当に良いピッチングを見せて、第一代表を勝ち取ってくれました。負けん気が強く、面倒見の良い選手で、まだ力のなかったチームや投手陣を引っ張ってくれました。派手さのある投手でははないですが、一年一年成長しています。2021年・都市対抗の9回で、金城を登板させたのは、『エイジェック』というチームをこれから背負って立つ選手だと思っていたので、交代させました。結果は打たれてしまいましたが、今のエイジェックがあるのは間違いなく彼の力だと思っています。また、一昨年引退した竹内(裕太)も私にとっては印象的な選手でした。息子と同じ少年野球チームだったので、昔から知っている選手で、独立リーグ(徳島インディゴソックス)で活躍した後、エイジェックに入社してくれました。すごく頼もしい投手で、抑えてほしいところで彼が良いピッチングをしてくれました。いつも投手陣の火消しをしてくれていたので……そういう意味でも印象深いですね」

ー野手陣で印象的な選手も聞かせてください。

「京橋(幸多郎)です。私と同じタイミングでチームに加入し、5年目のシーズンを過ごしましたが、正直私の感覚では、当時の彼は社会人で活躍できるレベルの選手ではありませんでした。予選では試合に出ていましたが、本戦では補強選手に押し出される形で活躍できない場面もあり、そこからたくさん悔しい思いもしたと思います。ですが、現在はキャプテンとしてチームを引っ張るほどのキャプテンシーと、技術的にも選手としてすごく成長してくれました存在ですね」

―では逆に、エイジェックの監督として“やり残したこと”などはありますか?

「チームができて8年、全国大会への出場も増え、アマチュア野球界で『エイジェック』という名前は多くの方に知っていただけたと思います。ただ、『エイジェックってどういうチームなの?』と聞かれたときにもう少し具体的に表現できるようになれば良かったなと思っています。また、社会人野球の意義として、“社員の士気高揚”があります。一つの企業として、『日本一』という目標に向かい、もっと全国大会を勝ち進み、社員の方や応援してくださる方に喜んでいただけるような良い話題を提供したかったのですが、なかなか実現出来ず、その部分は心残りです。ですが、選手たちも頑張っていますので、来年以降も楽しみなチームです。その部分に関しては、次の監督に良いバトンタッチが出来ると自負しています」

前編はこちら

◆難波貴司(なんば・たかし)
1965年4月19日生/大阪府出身
球歴:堀越高(1981-1983)-東海大(1984-1987)-日本通運(1988-1995)
指導歴:日本通運ヘッドコーチ(1997-2009)、明治学院大学監督(2016-2019)、エイジェック男子硬式野球部監督(2020-2025)
エイジェックでの主な成績
・第92回~第96回都市対抗野球大会栃木県予選 5期連続優勝
・第92回都市対抗野球大会出場(就任1年目、チーム初出場)
・第48回社会人野球日本選手権大会出場(就任3年目、チーム初出場)
・第95回都市対抗野球大会出場(就任4年目、1回戦突破・チーム初勝利)