◆新幹線の中で受けた、リーグ優勝の知らせ

松田 広島から東京まで新幹線移動は乗り換える必要がなくなりましたが、移動中の思い出などはありますか?

木下 私の場合はとにかく寝てたかな(笑)。乗り物に乗ると寝るという感覚が私にはあったんですよ。新幹線での揺れが心地よくてね(笑)。気づくと静岡あたりになっていて、富士山を見ながら「綺麗だな……」と思いながら移動していましたよ。あと、昔は食堂車がありましたよね。試合が終わって移動するときなんかは、そこでビールを飲んだりすることもありました。

松田 最初は0系という『団子鼻』と言われる車両がスタートで、形式が変わっていく中で、2000年3月までは食堂車がありました。ですので、木下さんの現役時代はずっと食堂車があった時代です。新幹線とカープと言えば……1980年、新幹線での移動中にリーグ優勝が決まりましたよね!

1980年、新幹線内でリーグ優勝を決めた当時の写真を見て懐かしむ二人

木下 野球ってグラウンドで優勝を決めて、胴上げするものだと思っているじゃないですか。あの時カープは甲子園 でデーゲームを終えて移動中でした。それで、マジック対象チームの2位ヤクルトが負けて、その知らせをマネージャーが車内放送で受け取って知ったんですよ。

松田 そうだったんですね! その時木下さんたちはどのような思いで移動されていたのですか?

木下 やっぱり、優勝ですからホッとした気持ちでした。ですが、勝ってグラウンドで決めたい気持ちでしたね。優勝が決まる可能性もあったから報道陣の方々も車内にいて、新聞とテレビで分けて監督・選手全員で新幹線内でバンザイをやりました(笑)。

松田 私も入社前からこの瞬間の写真や映像は見ていましたし、入社してからはJRの一員として、『カープと新幹線がつながっている』のが明らかに分かるシーンなので、すごく我々としてはうれしい瞬間です!

木下 選手・コーチで何回か優勝を経験させてもらいましたけど、ある意味すごく印象に残っている瞬間になっています。