広島東洋カープにまつわるモノ・コト・場所をクローズアップして取り上げる『カープ再発見』企画。開幕を心待ちにするカープファンに、開幕がもっと待ち遠しくなる(!?)アレコレをお届けする。

 今回は、カープの『ヒーローインタビュー』に注目する。実は、今のスタイルでヒーローインタビューが行われるようになったのは1970年代後半から。お立ち台を賑わせた往年のレジェンドたちの思い出と共に振り返っていく。

ヒーローインタビューを受ける現役時代の新井貴浩監督(写真は2005年)

◆初優勝を決めた試合、感動のヒーローインタビュー

 かつての日本プロ野球では、優勝決定試合や日本シリーズ、オールスターといった大舞台を除けばヒーローインタビューはベンチ前もしくはプレスルームで行っていた。

 その理由は、まず第一に全国中継される巨人戦以外ではテレビ中継がなかった事。そしてもう一つは各球場のフェンスが低く、試合が終了すると観客達がよくグラウンドに入ってきていた事と言われている。しかし1970年代後半から観戦マナーが向上し、テレビ中継も増えてきたので、各球場ともホームチームのヒーローインタビューは、お立ち台を用いて観客に公開して行うようになったのである。

 カープの場合、お立ち台に上がる選手は、球団部スタッフがその試合の活躍から選定してきた。通常選ばれる選手は1名のみだが、試合の内容により2名以上になる事もある。

 カープの歴史の中で最も感動的なヒーローインタビューは、やはり1975年10月15日の初優勝を決めた試合だろう。この時は敵地の後楽園球場だったが、当時の古葉竹識監督や山本浩二外野手の涙声に、広島のみならず全国の野球ファンが感動したはずだ。

 カープにもかつてはヒーローインタビューを盛り上げる名エンターテナーが多くいた。

 実兄・金田正一氏に劣らない名調子でファンを喝采させた金田留広。サヨナラ打や決勝打を何度も放っては、お立ち台に立つと軽快なトークで笑いを誘った代打の切り札・西田真二。そして、1991年9月21日の巨人戦で代打で優勝マジックを点灯させる決勝打を放ち、お立ち台ではマイクを自ら手に「25歳、違いの分かる男です」と自己紹介を始めた松井隆昌。彼らはインタビューでファンを大爆笑させ、勝利の喜びを倍増させてくれたのだ。

 ヒーローとなった選手にインタビューするのは、テレビ中継を担当した放送局のスポーツアナウンサーが務めている。中でも名物インタビュアーとして思い出されるのが、元広島テレビアナウンサー・脇田義信さん。脇田さんは試合の実況を担当するよりも、ベンチレポートとインタビュアーに徹して選手の素顔をお茶の間に伝え続けた。長年に渡って親交があった山本浩二監督は、脇田さんが逝去した年、墓前に開幕戦のウイニングボールを捧げたという。

 近年のヒーローインタビューでは、松山竜平(現オイシックス)の「今日、俺やったよ〜!」や鈴木誠也(現カブス)の「最高でーす!」など、選手によるお決まりの台詞や水掛けパフォーマンスが球場を盛り上げてきた。

 今シーズンはどんなヒーローが生まれ、ヒーローインタビューがファンを盛り上げるのか。楽しみに待ちたい。

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