今シーズン、自身初の開幕戦スタメン入りを果たした山﨑大地。3CBの一角としてサンフレッチェ広島の守備を支え、試合を重ねるごとに着実に進化を続けている。ガウル広島の序盤を刺さる山﨑が、大学進学を選んだその理由と、故障に苦しんだ2024シーズンを振り返る。(取材は2026年2月20日)(全3回/第2回)
◆大学4年間で試合経験をつんだことが、自信につながった
C大阪戦(2月22日、ヨドコウ、◯2−1)で、開幕戦から故障でスタメンを外れていた荒木隼人が戦列に復帰した。DFラインは荒木、塩谷司、キム ジュソンの3CBで形成されたが、スターティングイレブンには変わらず山﨑大地の名前があった。
ポジションはボランチ。新指揮官のもと、キャンプから取り組んできたポジションでもあった。試合後、その起用の意図をガウル監督はこう振り返る。
「このチームには能力の高い選手がたくさんいる。試合が続くなかで、選手たちにはフレッシュな状態でプレーして結果を出していきたかった。ボランチは(山﨑)大地がキャンプからやってきたポジション。(荒木)隼人が復帰したことで彼をボランチで起用することができた」
複数のポジションを入れ替えながら、常にフレッシュな状態で選手を起用したい。今シーズンもハードな連戦が続くからこそ、指揮官は選手一人ひとりのポテンシャルに期待を寄せる。そしてその期待に応えることができるのもまた、開幕5試合無敗を誇った強さの根源でもあるのだろう。実際、山﨑のみならず複数のポジションをこなせる選手は多い。広島ユースでともに育った東俊希もその一人だ。
山﨑のユース同期には、東や松本大弥(湘南)らが名を連ねる。切磋琢磨した仲間がトップチームに進むなか、山﨑は順天堂大への進学を選んだ。その理由を尋ねると、次のような言葉が返ってきた。
「僕たちの代がユースからトップに上がるタイミングと、荒木隼人選手が大学から加入したタイミングが一緒でした。それに、僕はそれまで4バックをしたことがなかったのですが、当時のトップチームは城福浩監督のもとで4バックを取り入れていたんです。練習参加をしてもなかなかついていけなくて……実際にトップチームでプレーしている選手たちを見ていたら、今の自分が昇格しても活躍できるイメージが湧きませんでした」
当時トップチームには、ユースの1学年上の大迫敬介、川村拓夢(ザルツブルク)、川井歩(山形)らが在籍していた。一足先に昇格した先輩たちがなかなか出場機会を得ることができず、プロの世界でもがく姿も見ていた。
「トップチームで試合に出ることができない時間が続くのか、大学で経験を積んで帰ってくるか。当時ユースの監督だった沢田(謙太郎)さんと話をして、僕自身もいろいろと考えて、まずは大学で力をつけていこうと決めました」
当時からビルドアップには自信があった。そこに加えて大学の4年間で、「より考えながらプレーするようになった」と振り返る。同じ大学には旗手怜央(セルティックFC)が、大学リーグでは上田綺世(フェイエノールト、当時は法政大)や三苫薫(ブライトン、当時は筑波大)とのマッチアップを経験した。
「強度もある中で1年生の頃から試合に出場させてもらい、4年間を通じて試合経験を積むことができて自信にもなりました。良い環境で4年間サッカーができたことは、大学を選んだからこそだと思っています」
そして2023年、山﨑はついに地元クラブでプロ入りを果たす。しかしここからが試練の連続だった。

