『広島アスリートマガジン』では創刊以来、カープの選手、指導者、OBなどの数々のインタビューを収録してきた。ここでは誌面上に残された無数の言葉を振り返っていく。
 今回はチームを引っ張りまとめてきた、カープの選手会長たちが残した言葉を辿る。

◆4番打者としてバットで魅せた和製大砲

【新井貴浩(選手会長:2007年)】

あまり口で言うのが好きじゃないんですよ
(広島アスリートマガジン 2007年5月号)

2007年に選手会長を務めた新井貴浩選手。黒田博樹投手、マーティ・ブラウン監督のサポートも受けながら、背中でチームを引っ張り続けた。

 2005年、43本塁打を放ち、初のタイトルとなる本塁打王を獲得した新井貴浩。プロ9年目の2007年には、黒田博樹前選手会長から、選手会長のポジションを引き継ぎ、名実ともに“カープの顔”となった。

 選手会長就任以降、新井がメディアに向けて発信するメッセージは、常にチームのことを意識した内容になっていた。当時の独占インタビューでは、自身が描くリーダー論について、以下のように話している。

「あまり口で言うのが好きじゃないんですよ。自分のプレーする姿とかそういうところを若い人が見てくれたらな、と思ってやってるんですけどね。僕ももう責任あるポジションですし、そういう年齢にもさしかかっていますから、そういうことはしっかり自分で考えて意識しながら練習なり試合なりをやっています」

 気持ちを前面に出した“がむしゃら”なプレースタイルは、新井が入団当初から実践してきたこと。打撃でも守備でも、何度も失敗を重ねたが、悔しさをエネルギーに変えて、自分の力で這い上がってきた。チームリーダーと呼ばれるようになってからも、そのスタイルは変わることなく、逆境を反骨心で乗り越え、チームを引っ張り鼓舞した。

 そして、当時、エースとして投手陣を引っ張っていた黒田、チームを率いていた指揮官マーティ・ブラウンの存在も大きかった。

「黒田さんには『遠慮なしにお前が思った通りやれ』と言われているので、相談があれば乗ってもらう感じです。マーティからは『何かあったら言ってきてくれ』と言われてます」 

 この2007年、新井は4番としてもチームを引っ張り、28本塁打、102打点を記録。選手会長として、カープ打線の柱として、低迷するチームを牽引していた。