◆前田を怒鳴りつけた日

 たとえばある試合で前田が凡打して、ふて腐れた態度でバットを投げたり、ヘルメットを投げたりしたことがあった。そのヘルメットがたまたまそばにいた浅井(樹)に当たった。僕はそれが許せなくて「なんであんなことをするんだ」と彼を怒鳴りつけた。「悔しがるのはいいけど、人に迷惑だけはかけるな。気持ちのいいもんじゃないだろう」と。

 でも彼にとって怒ってもらうことは、うれしかったんじゃないだろうか。誰も怒ってくれない状態は、それはそれでつらいものがあるはずだ。僕の選手時代ですらそうなのだから、ベテランの域に達したこの時期、彼はますますチームメートから距離を置かれていた。

 だから僕は彼と何度も話し合いを重ねた。実はあの前田にも苦手なピッチャーがいる。そのひとりが中日の小林(正人)という左のサイドスローピッチャー。前田と話しているうちにその話になり、彼の方から「チームに迷惑をかけたくないので、小林が出たら代えてください」と言ってきた。

 それが現実となったのが2011年7月17日の中日戦。代打に前田を送ったら、向こうは小林をマウンドに上げてきた。僕は代打の代打として井生(崇光)を送ったが、「あの前田を代えたぜ!」ということでナゴヤドームは騒然となった。こちらは前田と話して納得した上で代えているのだが、それが問題行動に映ったのか、「前田と野村、仲が悪いんじゃないか? こりゃ前田、怒るぜ……」と騒ぎ立てていた。その試合は苦労人の井生が見事に打ってくれて、心底ホッとしたことをよく憶えている。

 話は逸れたが、やはり2010年の低迷の要因は投壊ということになると思う。キャンプでは投げ込みの球数制限の撤廃などを行ったが、シーズン中に大竹(寛)、永川(勝浩)、(マイク)シュルツといった主力投手が故障して長期離脱。四死球も減るどころか前年から137も増えて524個、失点は162増えて737点、被本塁打は54増えて171本……どれも過去最悪の増加で“球団史上最悪の投手成績後退”とまで非難された。

 その中で唯一明るいニュースが、マエケンのブレークだった。この年、彼は最多勝・最優秀防御率・最多奪三振を総ナメにした投手三冠に加え、沢村賞も受賞。カープのエースとしてはもちろん、球界のエースへと成長していく。

 先発陣に関しては、前年まで勝ち頭だった(コルビー)ルイスが抜けたことでどうなるかと思っていたが、いないならいないで出てくるものだな、というのが正直な感想である。もちろんマエケンの資質の素晴らしさには気づいていた。バックネット裏で見ていても、彼の腕のしなりやコントロール、球持ちに関しては目を引くものがあった。