2010年から5年間カープを率い、25年ぶりの優勝への礎を築いた野村謙二郎元監督。この特集では監督を退任した直後に出版された野村氏初の著書『変わるしかなかった』を順次掲載し、その苦闘の日々を改めて振り返る。
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 僕は野球というのは「ボールが飛んでないところにいる選手がいかに動くか」を競うスポーツだと思っている。たとえばショートゴロのときキャッチャーはどこに行くか? セカンドはどこに行くか? 目立たない動きだと思うが、キャッチャーもセカンドもファーストのベースカバーに走るのだ。普通に送球がキャッチされれば何の問題もないが、もしも送球が逸れた場合に備えてそうすることがセオリーになっている。

 またレフト前にボールが飛んだとき、ライトは何をしているか? ランナーがセカンドに向かい、レフトがセカンドに送球したときのことを考えてセカンドのカバーに行かなければならない。もしも送球が逸れて誰もカバーがいなかったら、ボールは転々と転がってランニングホームランになってしまうかもしれない。

 野球というスポーツは一つひとつのシチュエーションに対し、すべて守備隊形が決まっているのだ。だから球場で野球を見ていると「なんでそこに行ってないの?」と一目瞭然。質の高いチームはその約束ごとが徹底されていて、各選手の中にリスクマネジメントの意識が植え付けられている。

 その部分で僕が監督に就任したときのカープは約束ごとなどないも同然だった。「なんでこんなチームになってしまったんだろう……」と愕然とするほどだった。だから僕はキャンプから意識づけを徹底した。組織というのはメンバーに意識づけをしていく場所でもある。

「なんでそこに行ってないんだ!」
「このときはこうだっただろ!」

 声を荒らげて選手に詰め寄った。ケンカ腰で選手に向かっていった。ほんのワンプレーかもしれないが、相手に「なんでここに選手がいるんだ!?」と思わせることで、向こうは「こいつら相当練習しているな」と警戒してくることだろう。逆に僕がベンチで「カバーに誰も行かないような、こんなチームに負けてどうするんだ!」と檄を飛ばすこともたびたびあった。

 もちろん監督によっては「打てばいいんだよ」「勝てばいいんだよ」と考える人もいるかもしれない。でも僕は、ことカープに関してはそれではダメだと思っていた。ホームランバッターが何人もいるチームではないのだ。全員が野球をしっかり理解して、緻密な野球で勝っていかなければならない―その基本方針はその後もブレることはなかった。