現役引退表明から約3カ月後、アメリカの自宅でPCを通して届けられたK.ジョンソンの言葉。それは6年間在籍したカープ、そして家族と共に暮らした広島への思いに溢れたものだった。引退の決断した理由、カープでの思い出、石原慶幸・西村公良への思い、そして今のカープへのメッセージ……。1時間を超える独占取材で、最強助っ人左腕が思いの限りを、引退後、初めて告白した。(全5回のうち1回目・取材は11月上旬)

外国人投手としては初めて、2016年と2017年に、2年連続で開幕投手を務めるなど、左腕エースとして、リーグ3連覇に大きく貢献したK.ジョンソン。

◆妻がいたからこその野球人生。広島の街の熱狂ぶりを忘れない

─まずは現役生活お疲れ様でした。そしてカープに在籍された6年間、素晴らしい投球を届けてくださり、ありがとうございました。現役を引退され、今は何をして過ごしておられますか?

「プロ野球選手としての生活が長かったので、これまで家族と過ごす時間が限られていました。その恩返しではないですが、大好きな家族との時間を大切に過ごしています。長女が幼稚園に通い始めたので、娘の送迎はできる限りやっていますし、公園にもよく遊びに行きます」

─8月18日にカープ球団から現役引退メッセージが発表されました。なぜこの時期の引退表明となったのでしょう?

「カープ退団が決まってから、日本やアメリカを含め、プレーできる球団を探してきました。ただ、希望を満たす条件に巡り会うことができませんでした。同時に、退団以降、選手としての野球人生は終わりに近づいているという思いも抱いていました。これまでの野球人生を振り返ったとき、できる限りのことをやってきましたし、カープでの6年間では納得のいく成績を残すこともできました。それだけに大きな満足感がありました。これからは家族のことを第一に考えて、自分のできることをするのがベストではないかと考え、引退を決断しました」

─決断の一番の決め手になったのはどんな理由でしょうか?

「一番は私のキャリアの最後の球団がカープだったからです。カープの一員として、6年間でいろんなことを経験できましたし、家族のようなこのチームの一員として野球人生を終えられるのは、喜ばしいことだと素直に思いました。今でも思い出すのは2016年のリーグ優勝です。パレードが行われた日の広島の街の光景、熱狂ぶりを忘れることはありません。実は東京五輪に出場するアメリカ代表の候補に入っていたのですが、それに参加すると、しばらくまた家族と離れてしまいます。迷ったのですが、最終的には家族との時間を優先しました」

─引退を決断した際、そばに寄り添い、支えてこられた奥様からはどんな言葉をかけられましたか?

「最初の第一声は『やっと引退ね』でした(笑)。それは冗談ですが、自分から感謝の気持ちを伝え、妻からは労いの言葉をもらいました。妻には日本でのプレーを決断してからいろんな苦労をかけてきました。6年間、日本で一緒に生活してくれて、生まれたばかりの子どもを連れて遠征先にも付いてきてくれました。そして、自分の登板日には、必ず球場に来て見守ってくれました。良い時も悪い時も、心の支えになってくれて、自分の一番のファンでいてくれました。彼女がいなければ、私の野球人生はなかったと断言できます。感謝の思いしかありません」(続く)

取材協力/J SPORTS

◆Kris Johnson(クリス・ジョンソン)
1984年10月14日生・アメリカ出身。37歳。ウィチタ州大-パイレーツ-ツインズ-広島。2015年シーズンにカープに入団。来日初登板で1安打無死球の準完全試合を達成。以降も先発ローテの柱として登板を重ね、この年14勝。防御率1.85で最優秀防御率のタイトルを獲得した。2年目の2016年は開幕投手を務め、自己最多の15勝。外国人では2人目となる沢村賞を獲得。シーズン後には3年契約を結んだ。2017年は6勝に終わるも、2018年からは2年連続で2桁勝利を記録。2020年は0勝に終わったが、6年間で球団の外国人投手では最多となる通算57勝をあげ、左腕エースとして活躍した。2020年シーズンオフにカープを退団。2021年8月18日に球団を通して現役引退が発表された。