広島アスリートマガジンとJ SPORTSがコラボして行ったK.ジョンソン独占インタビューで通訳を担当した西村公良(インタビュー全編はこちら/1回2回3回4回5回)。西村が通訳を担うのは、実はK.ジョンソンたっての希望でもあった。約1年半の時を超えて再会を果たした2人。取材を終えた西村にKJへの思いを聞いた。

K.ジョンソンの日本での生活を支えた西村公良通訳(左)

◆「プロフェッショナルでいよう」必ず伝えていたメッセージ

 久しぶりにK・ジョンソン(以下KJ)と再会しましたが、見た目は変わっていませんね。ただ、話をしているKJを見ると、カープ在籍時に比べ、落ち着いた表情に見えました。

 今回、通訳をさせていただき、何よりも印象に残ったのは、KJの広島への思いです。2016年オフに3年契約を結んだ際、広島に骨を埋める気持ちなんだろうと感じましたが、現役時代は、あまりそういうことを言うタイプではありませんでした。

 今回話を聞くと、カープファンの方はもちろん、広島の街の人たちにも感謝していました。6年の間に良い思い出ができていたんだと思います。

 取材では、私のことを、兄と表現してくれましたが、カープ時代、チーム内の決め事を破ってしまいそうになった時、私はKJに対して厳しく接してきました。

 登板日に不甲斐ない投球で負け投手になった際、KJは試合後のインタビューを拒否しようとしたことが何度かありました。

 その時に必ず伝えていたのは「プロフェッショナルでいよう」ということ。取材も含めてプロ野球選手の仕事なんだと何度も伝えてきました。

 時には周りの人に誤解を与える行動もありました。ただ、KJに悪気がないと感じた時は、周りの人に伝えてうまく馴染ませようとしたものです。気性の荒い部分はありますが、私の言うことは必ず守ってくれる義理堅い男でもありました。

 KJの活躍を語るうえで外せないのは石原(慶幸)の存在です。石原がマスクをかぶることで、彼のパフォーマンスは最大限引き出されたはずです。逆に石原がいなければ、ここまでの成績は残していないのではないかと思う時もありますね。

 石原は捕手としての技術だけでなく、コミュニケーションの取り方が抜群に上手かった。試合後には良い時も悪い時も、必ず声をかけていました。石原も腹が立つことは山ほどあったはずです。ただ、それを飲み込んで、うまくKJとコミュニケーションをとってくれました。KJも石原のことは心から信頼していたと思います。

 KJの日本でのマウンドで私が一番印象に残っているのは、2016年、日本ハムとの日本シリーズ第5戦(10月27日)です。

 2勝2敗で迎えた5戦目。連敗していたこともあり、初回からものすごく集中していました。この日のKJのスイッチの入り方はすごかったです。イニングが終わりベンチに帰ってくるたびに、コーチに「集中しているから大丈夫。まだいけます」と答えていました。この試合の彼の表情と集中力は忘れることはありません。間違いなくKJのベストパフォーマンス、6年間で一番集中していたように感じます。

 最後に……広島での6年間、本当にお疲れ様でした。KJがいろんな形でチームに貢献したのは間違いのない事実です。カープの歴史に名前が残る素晴らしい成績も残しました。カープに携わる者として、心から「ありがとう」と伝えたいです。

 まずはゆっくりと体を休めて、大好きな家族のために、次のステップを踏んでほしいと思います。また再会できる日を楽しみにしています。

◆西村公良(にしむら きみよし)
1971年1月29日生、広島県出身。 サンタモニカカレッジを学長名誉リストに記載の上卒業。1999年にカリフォルニア大学ロスアンゼルス校言語学&イタリア語専攻を卒業。東京のIT関連会社を経て2004年から広島東洋カープ通訳として活躍中。