2026年4月16日、日本サッカー界に多大な功績を残した今西和男さんが85歳で生涯の幕を閉じた。

 森保一氏をはじめ数多くの人材を育てた今西さんは、日本屈指の育成・強化責任者として知られている。

 今西和男氏の著書『聞く、伝える、考える』(アスリートマガジン刊)の中で、サッカー日本代表・森保一監督は今西さんについて「私のサッカー人生において『教本』となる人。これまでやってくださったこと、背中で見せてくださったことは自然と実践していることがあります」と語っている。この「自然と実践していること」とは何なのか――。

 本連載では、森保監督の言葉を手がかりに、今西さんの育成哲学について読み解いてきた。最終回となる今回は、これまで取り上げてきた5つのテーマを振り返りながら、森保監督の言葉の奥に受け継がれたものは何だったのか、を考えていく。

故・今西和男氏(写真左)/森保一氏(写真右)

 この連載では、日本代表監督就任以降の森保一監督の会見や取材を振り返り、発言回数の多かった「成長」「準備」「原則」「感謝」「主体性」という五つの言葉を切り口に、今西さんが著書『聞く、伝える、考える』で記したこととのつながりを考察してきた。 

 ただ、森保監督の発言だけでは、それが自身の考えなのか、それとも今西さんから受けた影響なのかを判断することは難しいと考え、森保監督と同じく今西さんの薫陶を受けた高木琢也氏(V・ファーレン長崎監督)、森山佳郎氏(ベガルタ仙台監督)、横内昭展氏(モンテディオ山形監督)、片野坂知宏氏(ロアッソ熊本監督)、風間八宏氏(南葛SC監督兼テクニカルダイレクター)、小林伸二氏(AC長野パルセイロ監督)らの会見なども調べてみた。さらに、今西さんとの直接的な接点が確認できないJクラブ監督の発言との比較もしてみた。

 監督によってクラブの状況も、置かれた立場も異なる。発言を単純に比較することはできないが、今西さんの薫陶を受けた監督には一つの傾向が見えてきた。

 今西さんの薫陶を受けた監督たちは、試合結果や戦術を語る前に、「準備」「成長」「チーム」「感謝」「仲間」「積み重ね」といった言葉を語る場面が多かった。これはここまでの連載における森保監督の発言と類似している。

 一方で、比較対象とした監督は「相手の分析」「ゲームプラン」「勝点」「決定力」といった、試合そのものや結果に関する話題から入る傾向が見られた。

 これは、どちらが良い、正しいという話ではない。監督という仕事である以上、戦術や結果を語ることは当然であり、どの監督もチームづくりを大切にしている。しかし、同じ監督という立場でありながら、「何を先に語るか」には違いがあった。

 興味深かったのは、今西さんの薫陶を受けた監督たちも、もちろん「勝つ」といった言葉を使うが、その前に「成長」「準備」「原則」「感謝」といった言葉を語っていたことだ。結果よりも先に、人が育つために必要なことを語る。そこに、共通した特徴が見えてきた。私たちは、この違いは偶然ではない、と受け止めた。

 森保監督は本書の中で、「今西和男さんは私のサッカー人生において『教本』となる人。これまでやってくださったこと、背中で見せてくださったことは自然と実践していることがあります」と語っている。 

 今回、森保監督の会見を読み返し、さらに他の教え子たちの言葉と重ね合わせてみると、その「自然と実践していること」が少し見えてきた気がする。

 試合の話をする前に、人の話をすること。
 結果を語る前に、成長を語ること。
 勝利を語る前に、準備を語ること。
 戦術を語る前に、チームとして大切にする原則を語ること。
 自分を語る前に、仲間や支えてくれる人への感謝を語ること。 

 本連載で取り上げた5つのテーマは、決して偶然ではなかったのだと思う。

 今西さんの格言ともいえる「サッカー選手である前に、良き社会人であれ」という言葉。

 これは、礼儀やマナーを身につけなさい、という意味だけではなかったのではないだろうか。サッカー選手として、周囲への感謝を忘れず、挑戦することを恐れず、一つひとつの経験を成長につなげていくこと。そうした姿勢を通して、サッカー選手としてだけではなく、一人の人間として成長してほしいという願いが、この言葉には込められていたのではないだろうか。

 サッカーという競技を通して、自ら考え、相手を理解し、仲間と協働し、自分の言葉で伝え、責任を持って行動できる人になること。その土台を育てることこそが、今西さんの考える「育成」であり、「サッカー選手である前に、良き社会人であれ」という言葉に込められた意味だったのではないだろうか。

 つまり、この言葉はサッカー選手だけに向けられたものではない。「人はどう育つのか」を問い続けた今西和男さんの育成哲学を、最も端的に表した言葉だったのではないだろうか。

 今西さんが残したものは、戦術でも、指導法でもない。「人はどう育つのか」。その問いに向き合い続けた、一つの育成哲学だった。だから今も、その教えは森保監督をはじめ、多くの教え子たちの言葉の中に、自然な形で息づいている。

  

【短期連載】 vol.1「勝つ前に『成長』を語る」 

【短期連載】Vol.2 「勝つ前の『準備』を語る」

【短期連載】Vol.3「戦術の前に、『原則』を語る」

【短期連載】Vol.4「試合前後に『感謝』を語る」

【短期連載】Vol.5「『チーム一丸』の前に『一人ひとりが考える』」

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今西和男著『聞く、伝える、考える。〜私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと〜』(好評発売中)

 Jリーグ黎明期から「育成型クラブ」として知られるサンフレッチェ広島。かつて、サンフレッチェ広島発足前後に総監督(ゼネラルマネージャー)として、クラブの基礎を築き上げたのが今西氏。本書は、サンフレッチェ広島の基礎を創り上げた今西氏の「哲学」と「育成論」を言語化。自身がサッカーを通じて経験してきた「人材育成哲学のルーツと伝えてきたこと」が綴られています。

 また、本書の第二部、第三部では、「今西氏の教え・影響を受けた人物の証言」を多数収録。森保一(日本代表監督)、横内昭展(モンテディオ山形監督)、森山佳郎(ベガルタ監督)、引退後もサンフレッチェ広島を支える森﨑和幸・浩司兄弟・駒野友一による特別座談会、さらに、サンフレッチェ広島の黎明期に活躍した風間八宏、元日本代表監督・ハンス・オフトなど、今西氏の教えと哲学の背景についても理解できる内容で構成されています。

 これからのサッカー界・スポーツ界を支えていく指導者、未来のアスリートを育てる保護者の皆様、さらにサッカーファン、ビジネスパーソンにとっても必見の一冊です。

【書籍概要】
■タイトル:「聞く、伝える、考える。〜私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと〜」
■著者:今西 和男(いまにし・かずお)
■定価:2,200円(本体 2,000円+消費税10%)
■ページ数:240ページ
■発行:アスリートマガジン