いよいよ目前となった2026年シーズン開幕戦。指揮官として4年目のシーズンを迎えた新井貴浩監督が、いま改めて、カープへの思いと今季の決意を語る。(全3回/第1回)
◆カープへの思いは変わらない。ただ、選手時代と監督である今は全くの別物
ー新井監督は広島出身です。幼少期のカープの思い出を聞かせてください。
「小さな頃からカープファンですし、その頃は旧広島市民球場から近い場所に家があったので、走って観に行ったりしていました。いつもテレビでも観戦していて、中継が終わったらラジオで聴いていましたね。印象的なのは小学校の頃、カープが日本シリーズに出て、西武に4連敗(1986年)したときの秋山幸二さんのバク転ホームイン。あのシーンは悔しくて印象に残っています」
ー幼少期から抱いていたカープへの気持ちは、現役時代、監督としての現在も変わらないものですか?
「それは小さい頃から変わらないですし、カープは広島の誇りです。大学(駒澤大)に進学して初めて故郷の広島を離れて東京で暮らしていた時も『広島にはカープがあるんだぞ』という自慢というか、そういう思いをずっと持っていました。その思いは今でも変わらないですね」
ー現在はカープの監督という立場で4年目を迎えられています。現役時代の経験は、監督という立場の今、どのような形で活かされていますか?
「カープに対する思いというのは、選手時代から変わりません。ですが、選手時代と監督である今は全く別物だと思っています。選手時代に考えていた野球に対する姿勢・自分自身のマインドなど、すべてを監督としての基準にしてはいけないと感じています。これは反省も含めてです。これまで経験してきたマインドが知らず知らずのうちに監督としての基準になっていた部分が無意識の中にあったなと。これは3年監督をやらせていただいたからこそ気づきました」
ー監督をご経験されたからこそ、新たな考えが芽生えたということですね。
「監督としての3年間で、いろいろな事を学ばせてもらいました。当然自分が身をもって経験しなければわからない事はたくさんありますし、1年目にわからなかったこと、2年目、3年目でわからなかったこと。年々自分の中での気づきは、たくさんあります」
ーカープ球団が長く大切にしてきた“変わらないもの”があるとすれば、どのようなものだと思いますか?
「『都会には負けないぞ』という反骨心ではないでしょうか。これはカープだけではなく、広島の考えのように感じています。広島は戦後、何もないところから『絶対に復興するんだ』と、広島の人たちが思い、頑張っていく中でカープが誕生して、それが復興の光となりました。球団の歴史を辿れば、球団創設時にはカープファンのみなさんからの樽募金で支えられたこともありました。個人的にはそういう背景も含めて『なんとかカープに勝ってほしい』『都会の球団には負けないぞ』という思いをずっと感じています」
(第2回へ続く)
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